最終章 《嫉妬》

「貴方の噂を聞いた時から、私はずっと羨ましいと思っていた」

「羨ましい?」

「私と貴方は同じ境遇よ。実の親を失い、生まれ持った能力のせいで普通の人生を生きられる事ができない。それなのにどうして貴方は私と違うの?私と貴方の何が違うというの?」

「それは……」



アンはナイと対話を求めたのは彼に答えを聞くためであった。自分は普通の人間のように暮らす事もできないのに、何故自分と同じ境遇であるはずのナイは普通の人間以上の生活を送れるのか、彼女はそれを確かめるために牙竜に攻撃をさせるのを止めた。


彼女の話を聞いてナイはアンが自分と同じような立場の人間だと知った。しかし、彼女と自分に大きな違いがあるとすれば、それは自分の周りには助けてくれる人たちがいた事だと語る。



「確かに僕は忌み子として他の人間に距離を置かれていた。僕の一番の親友だって、最初の頃は忌み子の僕を気味悪がっていた」

「それはそうでそうでしょう。貴方は普通じゃないわ」

「そうかもしれない。だけど、爺ちゃんは。忌み子の僕を大切にしてくれて、それで忌み子だからって生きるのを諦めないように色々と教えてくれたし、厳しく鍛えてくれた。そのお陰で僕は強くなれたし、他の人を守るぐらいの力を手に入れた」

「他の人間を……守る?」

「僕の人生が普通の人間とは違うのはこの「貧弱」の技能せいだった。だけど、この技能がなければ僕はここまで生きてこれなかった。今ならはっきりと言える、この技能は呪われてなんかいない!!この貧弱のお陰で僕は今日まで生き延びる事ができた!!この能力のお陰でたくさんの大切な人たちができた!!その人たちに助けられてきたからこそ僕は英雄と呼ばれるようになったんだ!!」



ナイの言葉にアンは目を見開き、彼女にとってはナイの言葉が到底信じられなかった。ナイの事はアンは自分と同じ立場の人間だと思っていたが、アンとナイの違いは彼女は自分のためだけに能力を使い、ナイは人のために能力を使ってきた事だった。


もしもアンが「翻訳」の技能を利用し、周りの人間を助けてきたのならば今の彼女とは違った人生を送れたのかもしれない。それこそナイのように「英雄」と呼ばれる存在になれた可能性だってある。しかし、今更そんな事を告げられても遅く、もうアンは引き返せない場所まで来ていた。



「……これ以上、貴方と話をしていても意味はなさそうね」

「アン、もう止めるんだ……ダイダラボッチを復活させても必ず使役できるとは限らない」

「それはどうかしらね、私はこれまでに一度だって狙った獲物は逃がした事はないわ……それに貧弱な貴方が国を救う英雄になれたのなら、私は国を亡ぼす悪魔にもなれるわ」

「っ……!!」



ナイはアンの説得は不可能だと察すると、背中に抱えていた旋斧と岩砕剣を両手で構える。それを見た牙竜はアンを守るために彼女の傍に移動すると、今度はアンも牙竜の行動を止めずに逆に命令を与える。



「もうこれ以上、貴方と話す理由はない……殺しなさい!!」

「グギャアアアアッ!!」

「うおおおおっ!!」



戦闘は避けられないと判断したナイは牙竜を相手に逃げる事はせず、旋斧と岩砕剣の刃を重ね合わせて攻撃を繰り出す。それを見た牙竜は前脚を振りかざし、鋭い爪を放つ。


牙竜の爪とナイの両手の大剣の刃が衝突した瞬間、激しい金属音と振動が地面に伝わる。ナイは後方へ吹き飛ばされ、牙竜は前脚が痺れて追撃が行えない。



(くぅっ……何て力だっ!?)



既にナイは強化術を発動させているが、自分の全力の攻撃を受けても牙竜は怯んだ程度であり、攻撃を受けた爪も少し欠けた程度だった。予想はしていたが単独で挑むにはあまりにも強大な存在だった。


それでもナイはアンを止めるために牙竜と戦うしかなく、この戦闘に勝利しなければアンは牙竜を利用してダイダラボッチの封印を解く。そうなれば本当に王国が滅びかねない。



「うおおおおっ!!」

「グアアアアアッ!!」



王国を守るためにナイは全力で挑み、牙竜もナイに対して全力で挑む。貧弱の英雄と300年以上も生きた獣の王の戦いが始まった――

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