最終章 《対話》

「アン!!」

「……やっぱり、尾行していたのね」

「グギャッ……!?」



ナイが姿を現すとアンは驚いた様子も見せずに振り返り、一方で地面を掘っていた牙竜は顔を上げる。どうやらナイが尾行していた事をアンは気付いていたようだが、牙竜の方はナイの存在を感知していなかったらしい。


シノビに渡された臭い消しの香草のお陰でナイは牙竜に気付かれる事はなかったが、アンの方はナイが追いかけている事に気付いていた。彼女は自分を尾行する白狼種ビャクの気配を感じ取り、それを知っていながら彼女は敢えて何も対処しなかった。



「誰かが追いかけてくるとしたら貴方以外にあり得ないと思っていたわ」

「……何をするつもりだ」

「見ての通りよ……この地に眠る緑の巨人を復活させる」

「止めろっ!!」

「グゥウウウッ……!!」



アンの言葉にナイは武器に手を伸ばすが、それを見た牙竜は唸り声を上げて彼に襲い掛かろうとした。しかし、その牙竜を行動を止めたのはアンだった。



「止めなさい」

「グギャッ……!?」

「私の命令が聞けないのかしら?」



牙竜がナイに襲い掛かろうとした瞬間、アンが言葉を口にした途端に牙竜は苦し気な表情を浮かべる。この時に額に刻まれた「契約紋」から血が滲み、牙竜はその場で倒れ込む。



(牙竜を……止めた?これが魔物使いの能力なのか)



契約紋を刻まれた魔物は主人の言う事に逆らえず、それが竜種であろうと例外ではない。アンの命令に逆らおうとした牙竜は額の契約紋から血を流し、全身が麻痺したかのように動けない。



「下がりなさい」

「グギャアッ……!?」

「言う事を聞けない子はいらないわ」



もう一度アンが命令を与えると牙竜の身体は自由に動けるようになり、即座にその場を下がった。その光景を見ていたナイはアンが竜種である牙竜を完全に服従化させた事を思い知らされ、冷や汗を流す。


テンの養母であるネズミも魔物使いであるが、彼女によれば「アン」は自分とは比べ物にならない化物だと表現していた。その言葉に嘘はなく、彼女とアンでは能力に大きな差がある。



「驚かせて悪かったわね。貴方とは一度、ゆっくりと話がしたいと思っていたわ」

「話?いったいどうして……」

「覚えていないのも仕方がないけど、貴方と私は初めて会ったのは17年前よ」

「17年……!?」



ナイはアンの言葉を聞いて動揺を隠せず、一方でアンの方は17年前の出来事を思い出す。アンは赤ん坊のナイを抱きかかえた女性の死体を発見し、自分が見捨てれば赤子の命はないと思ったアンは仕方なく彼を連れ出す。


その後、アンは子供を別の場所に移動して山で狩猟をしていたアルを発見し、彼が赤子に気付くように細工した。結果から言えばアルとナイが出会えた切っ掛けを作ったのはアンという事になる。



(あの時の赤ん坊が随分と成長したわね……)



どうしてアンがナイの存在に気付いたのかと言うと、ナイがこの世界でも比較的に珍しい黒髪であった事、そして彼が「忌み子」と呼ばれる存在だと気付いていたからである。




――アンはナイと同様に水晶壁と呼ばれる能力値を確認する魔道具を持っている。この魔道具を利用してアンは自分の能力の強化を行い、赤子を見つけた時に彼女はナイの能力値を調べて彼が「貧弱」という技能を所持している事を知った。


最初に貧弱の技能を確認した時はアンは彼が世間一般では「忌み子」と呼ばれる存在だと知り、自分が彼を育てた所で長生きはしないと確信した。しかし、わざわざ救った命を見捨てる事に彼女は躊躇し、結局は偶然居合わせたアルにナイを見つけさせて保護させた。




しかし、それから十数年後に王国に「貧弱の英雄」なる存在が誕生した時にアンは衝撃を受けた。噂に聞く英雄は「貧弱」の技能持ちでしかも黒髪の少年だと知り、あの時に自分が助けた赤子がとまで人々に尊敬される存在に成長した事に彼女は驚く。


自分の救った子供が国の英雄として讃えられている事を知ったアンは戸惑う一方、少しだけ嬉しくはあった。彼と自分の境遇は似通っており、アンの場合も「翻訳」の技能のせいで幼少期から他の人間に不気味がられ、まるで「忌み子」のように扱われていた時期がある。


結局は人間の屑みたいな父親に利用され、その父親を裏切って彼女は自由を得た。しかし、彼女の事を受け入れる人間に出会った事はなく、ナイと違ってアンは自分の事を助けてくれる人間と巡り合えなかった。


アンはナイと自分が鏡のような存在であり、片方は国の英雄、もう片方は史上最悪の犯罪者の娘、自分と同じような境遇なのにナイだけが明るい人生を送っている事にアンはしていた。

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