最終章 《相棒》

「ビャク、よく聞け……これを他の仲間に渡すんだ」

「ウォンッ!?」

「しっ……静かに」



ナイはマントをビャクの首に括り付けながら命じると、ビャクは戸惑う表情を浮かべるが今は時間がなかった。もしもアンの狙いが「ダイダラボッチ」だった場合、最悪の事態が引き起こされるかもしれない。


心の中ではナイも有り得ないと思いながらも、アンのを思い知らされたナイは最悪の可能性が頭に浮かぶ。その事を他の者に一刻も早く知らせる必要があり、この役目はビャクにしか頼めない事を伝える。



「ビャク、お前の鼻と足ならすぐに他の人達を見つけ出せる。急いでこれを渡すんだ」

「クゥ〜ンッ……」

「大丈夫、僕一人でも何とかなるよ……いざという時は本気で逃げるから」



ビャクはナイを一人残していく事に心配するが、今は彼と話している時間も惜しく、こうしている間にもアンと牙竜は移動して見失う可能性もあった。



「頼んだぞ、相棒」

「……ウォンッ」



ナイが拳を突き出すとビャクは頷いて自分の前脚を伸ばし、お互いに手を重ね合わせる。マントを首元にしっかりと括り付けたビャクは後から追ってくる討伐隊の捜索のために下山する。


ビャクを見送った後、ナイは「隠密」と「無音歩行」の技能を発動させ、更に「索敵」「気配感知」「魔力感知」の技能を同時に発動させる。技能を複数発動させると体力の消耗が激しくなるが、今は気にしている場合ではない。



(絶対に見失ったら駄目だ……)



牙竜の移動速度は山に登り始めてから落ちており、ビャクが傍に居なくても山に慣れているナイならば追いつく事ができた。臭いや気配で勘付かれないように気を付けながらナイは後を追いかける――






――移動を開始してから1時間後、遂にアンを乗せた牙竜は要塞の跡地に到着する。かつてゴブリンキングが従えたホブゴブリンの軍勢が築き上げた要塞は、前回の討伐隊が投下させた樽爆弾によって崩壊していた。


牙竜は要塞の後地に踏み込むと、アンはここで背中から降りて周囲の様子を伺う。彼女は背中に手を伸ばし、隠し持っていた羊皮紙を取り出す。



(あの羊皮紙は……?)



アンの取り出した羊皮紙が気になったナイは牙竜に見つからぬように気を付けながら接近し、観察眼の技能を発動させて目を凝らす。内容はどうやらこの辺の地図らしく、恐らくは前回に王国軍がこの要塞に辿り着いた時に製作された地図だと思われる。


地図を王国軍が描いたのはこの地に「ダイダラボッチ」が封じられている事を照明するためであり、地図を頼りにアンは大穴があった場所へ辿り着く。樽爆弾によって大穴は崩れて現在は埋もれているが、完全に埋まる事はなくクレーターのように変化していた。



「ここね……確かにを感じるわ」

「グゥウウウッ……!!」



クレーターを見下ろしながらアンは地面に掌を伸ばすと、彼女は何かを勘付いたように冷や汗を流す。牙竜はクレーターを見下ろして警戒し、威嚇するように唸り声を上げる。



(まさか、気付いた……!?)



アンは魔物使いであるため、魔物に対する気配には敏感だった。彼女は地中の中から感じる強大な「生命力」を感じ取り、興奮した様子で牙竜に命令を与えた。



「掘り起こしなさい」

「グギャッ……!?」

「二度は命令しないわよ」



冷たい瞳でアンは牙竜を睨みつけると、彼女の命令に牙竜は驚いた様子だったが、ゆっくりとクレーターに向けて移動を行う。


牙竜の力を利用してクレーターを掘り起こし、地中に眠っている「ダイダラボッチ」を目覚めさせるつもりかとナイは驚く。確かに牙竜の力ならばそれほど時間を掛けずにダイダラボッチが眠る地層まで掘り起こす事ができるかもしれないが、それでも簡単な話ではない。



(牙竜に掘り起こさせてダイダラボッチを目覚めさせるつもりか……なら、やっぱりアンの目的はダイダラボッチを使役する事か!?)





――魔物使いのアンならば和国を滅ぼした伝説の魔物「ダイダラボッチ」を従えさせる可能性は十分にあった。実際に彼女は災害の象徴と恐れられる竜種をも支配下に置いており、もしもダイダラボッチを目覚めさせてアンが魔物使いの能力で使役した場合、彼女は国を亡ぼす力を持つ魔物を意のままに操る事ができる。




そんな事態に陥れば王国は火竜以上の脅威を敵に回す事を意味しており、冗談抜きで国が滅びるかもしれない。アンの目的を知ったナイはなんとしても止めるべく、危険を承知で彼女の前に姿を現す。

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