最終章 《追跡再開》

――夜明けを迎えるとアンは目を覚まし、牙竜を起して移動を再開した。この時に少し離れた位置に待機していたナイとビャクもアンの様子を確認し、追跡を再開する。



(まだ気づかれていない……のか?)



一定の距離を保ちながらナイとビャクはアンと牙竜の後を追いかけるが、この時点でナイは疑問を抱く。牙竜の嗅覚ならば既にナイ達の存在に気付いていてもおかしくはない。


今の所はアンと牙竜は不審な行動は取っていないが、それでもナイは警戒心を緩めずに後を追う。仮に尾行に気付かれていたとしても森の中ならばナイ達は逃げ切れる自信はあった。



(森や山の中なら白狼種のビャクに足で勝てる奴なんていない……けど、何だろう。この嫌な感覚……)



ナイは安全だと判断した距離を保ちながら移動を心掛けているが、このままアンの追跡を行うべきか悩む。ナイ以外の討伐隊も後を追いかけているはずだが、それでも追いつくのには時間が掛かる。


不安を抱えながらもやっと見つけ出したアンを見失うわけにはいかず、ナイはビャクと共に彼女の後を追う事しかできない。仮にアンがナイ達に罠を仕掛けるつもりだとしても、狩人であるナイは罠を見抜く自身はあった。



(爺ちゃんから森の中で罠を仕掛ける方法は一通り叩き込まれている。罠を仕掛けるゴブリンだっていたんだ、絶対に気付かないはずがない)



狩人である養父アルから森で有効な罠の種類は教わっており、仮にアンが罠を仕掛けたとしてもナイは自分なら見抜けるという絶対の自信があった。それに今の時点ではアンは罠を仕掛けている様子はなく、黙々と移動に集中している。



(少し休んだお陰で体力も戻った。戦闘になっても十分に戦えるぞ……魔石の予備も持ってきてよかった)



万が一の事態に考えてナイは魔法腕輪の魔石の予備も身に着けており、万全の準備を整えて何時でも戦えるように注意する。しかし、彼の警戒とは裏腹にアンは怪しい行動は一切取らず、遂にはムサシノ地方を抜けてイチノ地方へと入った。



(この先は……まさか、山?)



アンの移動方向を確認してナイは驚きを隠せず、子供の頃に自分が良く養父アルと共に訪れていた「山」に向かっている事に気付く。


こちらの山は元々は赤毛熊が住処としていたが、ゴブリンキングに追い払われ、そのゴブリンキングの配下のホブゴブリン達が要塞を築いた場所でもある。この場所に王国軍が立ち寄り、飛行船からイリアが作り出した樽型爆弾を落として要塞を破壊した。



(何でこの山に……!?)



ナイはアンが山に登ろうとする姿を見て嫌な予感を抱き、彼は後を追いながらもアンが間違いなくかつてゴブリンキングの軍勢が築いた要塞へ接近している事に気付く。あの要塞は飛行船が投下した爆弾で吹き飛ばしたが、飛行船が爆弾を落とした本当の理由は要塞の爆破が目的ではない。



(まさかあいつ……!?)



かつて王国軍がこの山に辿り着いた際、恐るべき存在を確認した。ゴブリンキングの軍勢がどうしてこの山を拠点にしたのか、その理由はゴブリン達が築いた要塞には巨大な穴が存在し、そのそこにはゴブリンキングを遥かに上回る巨躯の怪物が封じられていた。




――遥か昔、和国が滅ぼしたのは超大型のゴブリンキングであり、その姿を見た和国の人々は「ダイダラボッチ」と恐れた。彼等の国は怪物によって滅ぼされ、生き残った和国の人々は他国に逃げ延びたが、一部の人間は和国の旧領地に引き返して他の人間に気付かれないようにひっそりと暮らす。


ダイダラボッチは国を滅ぼした後に姿を消したと言われるが、実際の所はダイダラボッチは山の中に封じらていた。ゴブリンキングを討伐した後、ナイ達はゴブリンキングの配下の軍勢が拠点にしていた要塞にて大穴を発見し、その底に潜ると古に姿を消した「ダイダラボッチ」を発見して真実を知る。


ゴブリンキングの軍勢がどうしてダイダラボッチの存在に気付いたのかは不明だが、何年もの時を費やして山を掘り起こし、地中に封じられたダイダラボッチを発見した事は間違いない。しかし、完全に掘り起こされる前に王国軍はゴブリンキングの軍勢を殲滅し、樽爆弾を投下して要塞ごと吹き飛ばして大穴を塞いだ。




(どうしてアンがこの場所へ……いや、そんな事より他の皆に知らせないと!!)



アンがダイダラボッチが封じられた山に訪れた事にナイは危機感を抱き、このまま彼女を行かせるのはまずいと直感で判断した。しかし、仮にナイとビャクが戦闘を仕掛けてもアンと牙竜に勝てる保証はない。


昨日の戦闘でもナイは牙竜に殺されかけており、仮にビャクと力を合わせても勝てる見込みはない。他の討伐隊が追いつくまで時間が掛かり、援軍が期待できない状況で戦闘を仕掛けるのは悪手だった。



(早く皆に知らせないと……)



ナイは悩んだ末に他の討伐隊にアンの行動を知らせるため、彼は手紙を書く事にした。ナイは追跡の途中で足を止め、自分の身に着けていたマント(グマグ火山でアルトから受け取った耐火性のマント)を広げて親指を噛んで血を滲ませる。そして彼はマントに文字を書き込み、それをビャクに託す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る