最終章 《逃げない理由》

「やれやれ、坊主は何処まで行ったんだ?全然姿が見えねえな……」

『罠の可能性はないのか?実は他の奴が残した目印だったりとか……』

「いや、ナイが無抵抗で捕まったり、殺されるとは思えん。仮に見つかっていたとしても戦闘の痕跡ぐらいは残っているはずだ」

「それもそうですわね」



ロランの言葉にドリスも頷き、あのナイが簡単に敗れるとは思えない。しかし、相手が相手なだけに追跡を行う討伐隊もナイの身を案じる。



「ナイ君、大丈夫かな……無事だといいんだけど」

「心配しなくても大丈夫ですよ。ナイさんならばきっと大丈夫です」

「フィル、お前としては坊主が居なくなった方が都合がいいんじゃないのか?嬢ちゃんの恋人が居なくなるからな」

「ふ、ふざけるな!!僕はナイさんの事も尊敬しているんだ!!」

「はあっ……騒がしいぞ、敵に気付かれたらどうする?」



ガオウの軽口にフィルが本気で怒るが、そんな彼等を見てロランはため息を吐きながら注意する。ここは敵地だと考えた方が良く、常に警戒心を抱くように心がける。



「シノビ、ここは何処か分かるか??」

「ムサシノ地方の端の方だ……王国のイチノ地方に入る」

「イチノ?そうか、もうそんなところまできたのか」

「そういえばイチノはナイ君の故郷だって聞いてたけど……」



シノビによれば既にムサシノ地方の外れの方にまで移動していたらしく、ここから先はイチノ地方へ移動する事になる。イチノと聞いてリーナはナイの故郷だと思い出す。


正確に言えばナイの出身はイチノ地方の端の方にある山村であり、彼はムサシノとイチノ地方の境目でドルトンに拾われた。そして彼の故郷へ向けてアンは移動している事にシノビは疑問を抱く。



「兄者、アンの行き先はイチノ地方では?」

「そうかもしれん……しかし、解せんな」

「どういう意味だ?」

「このままイチノへ向かう理由が分からない。我々に逃げるならば他国へ向かう方が有利だ。それならばイチノではなく、南下して巨人国の領地へ向かうはずだ」

「……確かに気になるな」



シノビの言葉にロランは頷き、アンの目的が逃げる事ならばイチノではなく、巨人国に国外逃亡するのが確実だった。他国まで逃げられてはいくら王国と巨人国が同盟国と言えども討伐隊は他国まで追いかける事はできない。


アンの目的が国外逃亡ではない場合、彼女はこの国に留まるつもりだと考えるのが妥当だろう。しかし、残った所でアンの正体は既に知られており、指名手配されて平穏な生活を過ごす事はできない。ましてや牙竜という目立ち過ぎる存在を引き連れている以上、アンに平穏な時は過ごせない。



「奴の目的は何だ?」

「そういえば女王になるとかどうとか言ってましたが……」

「有り得ん、この国を受け継げるのは王族のみ……奴が牙竜を従えて国に反旗を翻そうとしてもどうしようもできん」



いくらアンが牙竜を従えて王国に反乱を企てたとしても、王国軍には牙竜は到底敵わない。確かに牙竜は竜種で恐ろしい存在だが、それでも王国軍が万全の状態ならば決して勝てない敵ではない。


先ほどの戦闘でも討伐隊の合流がもう少し早ければ牙竜を始末できた。それどころかアンがナイの妨害を行わなければ彼は今頃はナイは牙竜の首を切り落としていただろう。仮にアンが牙竜以外の魔物を従えようとしても、強力な魔物は従える事はできないはずだった。


アンは牙竜を従えるために黒蟷螂とブラックゴーレムという強力な手駒を捨てており、その事を自白していた。そこから考えるにアンは従えさせる魔物の数には限度があり、力が大きい魔物を従えるほどに他の魔物を従えさせるのは難しいのだろう。



(アンが仮に王国へ反乱を企てているとしても牙竜1匹だけではどうしようもできん……だが、なんだこの胸騒ぎは?)



ロランはアンが本当に王国を乗っ取るつもりなのかと考え、そんな事はできはしないと思い直す。しかし、どうにも嫌な予感が拭えない。自分は何か大切な事を見落としているのではないかと思い、他の者に意見を尋ねる。



「アンが何故イチノへ向かったのか……他に気になる者はいるか?」

「う〜ん……イチノに他の仲間が隠れているとか?」

「仲間か……そうだ!!もしかして俺達を誘導して実は牙山に隠されている妖刀を取りに向かう仲間がいるとか……」

「それならば大丈夫ですわ。牙山の方にはリンさんの部隊に任せていますもの」



牙山に封じられた和国の妖刀の確保はリンの銀狼騎士団に任せ、仮にアンに仲間がいて彼女が討伐隊を誘き寄せている間に回収しようとしても銀狼騎士団が居る限りは安全なはずだった。


現在の牙山は銀狼騎士団が出向いて妖刀の確保を行い、聖女騎士団も協力している。だからこそ妖刀が奪われる恐れはないが、ロランはどうしてもアンがイチノへ向かう理由が気になった。

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