最終章 《尾行》

(全然姿が見えない……隠れているのか、それとも離れ過ぎたのか……どっちにしても油断はできないな)



ビャクの嗅覚を頼りにここまで追ってきたが、ナイは牙竜の姿が見えない事に不安を抱く。警戒心を解かないように気を付けながら「気配感知」と「魔力感知」の技能を発動させ、時には心眼を利用して周囲の状況を把握する。


しかし、ナイの心配とは裏腹に今の所は待ち伏せや罠の類が仕掛けられている様子はなく、アンの従えている魔獣の気配すらも感じられない。これまで移動してナイは魔物や動物の姿を一切目撃しておらず、その原因は牙竜のせいだと考えられた。


アンが従えた牙竜は凄まじい威圧感と恐ろしい容貌をしている事から森の中の良き者達も逃げまどい、そのお陰でナイは尾行中に魔物に襲われる心配はなかった。逆に言えば牙竜を妨げる存在がいないので牙竜は邪魔されずに移動する事ができる。



(暗くなってきたな……あんまり離れ過ぎると皆が追いつけないのに)



もしもアンが牙竜を移動させ続けた場合は乗り物を用意していない他の者たちは追いつく事はできず、いくら目印を残しても討伐隊は後を追う事ができない。仮に飛行船が直ったとしても地上の目印を確認しなければならないため、他の味方がすぐに追いつく事は有り得ない。


せめてアンが何処へ向かっているのか知れればいいのだが、未だに牙竜もアンの姿も見えない。ナイは本当に自分達が追いついているのかと心配していると、ここでビャクが何かに気付いたように鳴き声を上げる。



「クゥ〜ンッ……」

「ビャク、どうしたの?」



ビャクの鳴き声を聞いてナイは不思議そうに前を見ると、森の中に大きな川が流れていた。どうやら牙竜は川を通り過ぎたらしく、そのせいで臭いが消えてしまったらしい。



「くそっ……ここまで来たのに」

「ウォンッ!!」



川で臭いを消されては追いつけないとナイが思った時、ビャクは川向うに足跡を見つけた。足跡を確認すると牙竜の物で間違いなく、いくら臭いを消そうとビャクよりも巨体の足跡を見失う事はない。



「よし、ここからは足跡を追いかけよう」



足跡を辿ってナイ達は牙竜の追跡を行い、その途中でナイはクノから受け取った弁当を食べて体力回復を行う。もしも牙竜に見つかった場合、ナイはビャクと共に戦わなければならない。


移動の途中も常に周囲を警戒していたのでナイの疲労も蓄積されているが、今は泣き言を言っている場合ではないために我慢して移動する。そして遂にナイとビャクは牙竜とアンの姿を捉えた。



「しっ……見つけたぞ」

「ウォンッ……」



ナイとビャクの視界に牙竜に乗ったアンの姿を遂に捉え、即座にナイはビャクの背中から降りて地面に伏せる。この時にナイは「隠密」の技能を発動して気配を完全に消し、ビャクも目立たないように地面に伏せる。


時間帯が夜を迎えようとしていた事が幸いし、どうやら牙竜もアンもナイ達に気付いていない様子だった。牙竜も優れた嗅覚を持っているが、ナイ達も川を通り抜ける際に臭いを消していた。



(何をしてるんだ?)



牙竜に乗り込んだアンは周囲を見渡し、何かを発見したのか牙竜から降りた。その様子をナイは「観察眼」の技能で探ると、どうやらアンが見つけたのは薬草らしく、牙竜の首元に薬草を張り付けていた。



(まさか、怪我を治しているのか?)



アンは牙竜が負った傷口に薬草を張り付けており、自分の懐から何かの液体が入った瓶を振りかけていた。色合いから確認すると回復薬らしく、どうやらアンは牙竜の治療を行っている事が確定した。


回復薬の類は人間には絶大な効果を発揮するが、それ以外の生物にも人間程ではないが自然治癒力を高める効果はある。牙竜ほどの竜種となると高い再生力を持っており、このまま治療をさせれば短期間で牙竜は傷を治すだろう。



(くそっ……今のうちに仕掛けたいけど、勝ち目がない)



ナイとビャクだけでは牙竜に勝てる保証はなく、逆に返り討ちにされる可能性は高い。牙竜が治療される光景を見てナイは悔しく思い、何も出来ない自分の無力を味わう。


治療を終えるとアンも身体を休ませるつもりか、彼女は牙竜の傍に座ると、牙竜は彼女を守るように横に眠る。その光景を見たナイは自分達も今のうちに身体を休める事にした。



(ビャク、俺達もここで休もう……交代しながら眠るんだ)

(ウォンッ……)



ビャクはナイの指示に従い、まずは疲れているナイが先に仮眠を取る事にした。敵が近くに居るのに眠るのは危険な行為だと分かっているが、ナイ自身も疲労の限界を迎えて身体を休ませる――






――同時刻、飛行船に残ったアルト達の方でも騒動が起きている事をこの時のナイは知る由もなかった。

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