最終章 《見逃す》

「流石に今の状態でこの人数を相手にするのは……ちょっときつそうね」

「強がりを言ってんじゃねえ!!この状況で逃げられると思ってるのか!?」



アンの言葉にガオウは武器を構え、味方が駆けつけてくれた事で精神を持ち直した。ナイも薬の効果で十分に動ける程に回復すると、落ちていた武器を拾い上げる。


これで聖女騎士団と白狼騎士団を除く面子がこの場に集まり、傷を負った牙竜ならば十分に勝ち目はあった。しかし、アンは自分が不利な立場になると知ると、彼女は諦めた様に肩をすくめる。



「どうやらは私の負けのようね」

「どういう意味だ?」

「降伏するなら今の内ですわよ!!」

「降伏?冗談じゃないわ……負けを認めると言っても、つもりはないわ」



ドリスの言葉にアンは冷たい視線を向け、彼女は指を鳴らす。その瞬間、牙竜は今日一番の咆哮を上げた。




――グギャアアアアアアアアッ!!




鼓膜が破れかねない程の大声量で牙竜は咆哮を放つと、ナイ達は反射的に耳元を塞いでしまう。その隙を逃さずにアンは牙竜にしがみつき、全速力で駆け抜けさせる。



にまた会いましょう!!」

「ま、待て!?」

「くそっ、逃げたぞ!!」

『こらぁあああっ!!待たんかぁあああっ!!』

『だからうるさいっ!?』



逃げ出したアンと牙竜を見てナイ達は呆気に取られ、ゴウカは怒りの声を上げて後を追いかけようとした。しかし、それを止めたのはロランだった。



「待て、奴を追うな!!」

『ぬうっ!?しかし、ここで逃げられたら……』

「どのみち、我々には後を追いかける事はできん……残念だが、ここで諦めるしかあるまい」



牙竜の移動速度を見てロランは追跡を諦めるように促し、現在の討伐隊は馬も騎獣の類を従えていない。こんな状態で追いかけた所で牙竜に追いつけるはずがないと止めるが、ここでビャクが鳴き声を上げる。



「ウォンッ!!」

「ビャク……そうだ、ビャクなら後を追えます!!」

「白狼種か……確かに白狼種の足ならば奴を追えるかもしれんが、追いついた所で殺されるだけだぞ?」

「それならば追いつかなければいいだけです。一定の距離を保って、奴等に気付かれないように尾行します!!奴等が何処へ逃げたのかを探りながら目印も置いて行きます!!」



ロランの言葉を聞いてビャクが反応し、白狼種であるビャクならば牙竜の移動速度にも付いていける可能性はあった。それにビャクの嗅覚ならば離れた場所でも臭いを辿って追いかける事ができる。


シノビはビャクに乗って牙竜を追跡し、目印を残して牙竜が移動した道を討伐隊に伝える。仮にアンが尾行に気付いたとしても白狼種のビャクならば逃げ切れる可能性はある事を伝えるとロランは考え込む。



「ビャク、といったな。本当にこの白狼種で牙竜に追いつけるのか?」

「ウォオオンッ!!」

「……自分を信じろと言ってます」

「信じろ、か。よし、では任せたぞ」

「分かりました。ビャク、行くよ!!」

「ナイ君、それなら僕も一緒に……」

「いや、ビャクも二人を乗せると本気で走れないから僕だけで行く。大丈夫、信じて待ってて」

「そ、そう?」



リーナが同行を願い出たが、ナイはそれを断って一人でビャクに乗り込む。他の者たちはナイを心配するが、ここで牙竜を見失うわけにはいかず、二人を信じて送り込む。



「気を付けろ、無理だと思ったらすぐに引き返すんだ」

「ナイ君、無茶な真似は駄目だからね!!」

「これも持って行ってほしいでござる!!拙者の弁当でござる!!」

「油断するな、尾行する時は細心の注意を払え」

「アンの従えている魔獣に見つかるなよ!!」

「はい……行ってきます!!」

「ウォオオオンッ!!」



ビャクはナイを乗せると牙竜の臭いを辿り、その後を追いかける。狼種の中でも最速を誇る白狼種の移動速度ならば牙竜にも追いつける可能性は十分にあった――






――追跡を開始してから1時間後、ナイは森の中を移動していた。定期的に目印を残しながら移動を行う必要があるため、途中で何度かナイは樹木の樹皮を刃物で切り付けて目印を残す。



「これでよし……さあ、行こうか」

「ウォンッ」



ナイはビャクに乗り込むと、再び森の中を移動する。既に時刻は夕方を迎え、もう間もなく夜を迎える。それでもナイ達は未だに牙竜の姿は捕えておらず、臭いを辿ってここまで来たが本当に追いついているのか分からなかった。


白狼種の移動速度ならば牙竜にも負けないとナイは信じていたが、ここまでほぼ全速力で移動しているというのに牙竜とアンの姿が見えない事にナイは不安を抱く。まさかとは思うが、実は既に牙竜とアンはナイ達の尾行に気付いて待ち伏せいる可能性も否定できない。

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