最終章 《最悪の事態》
牙竜が川に近付くと最初に行ったのは水の中に顔を突っ込み、しばらくはその状態で過ごす。その行為にロラン達は黙って見届ける事しかできず、アンは牙竜の背中の上で黙っていると、やがて顔から牙竜は顔を出す。
「グギャアッ!!」
「ふふっ……すっきりしたようね」
「ま、まさか……俺の薬を洗い流したのか!?」
ガオウは牙竜の行動の意図に気付き、先ほど牙竜は彼の作った粉薬を顔面に浴びたせいで両目と鼻が封じられ、視覚と嗅覚が当てにならない状態に追い込まれた。
最初のうちは視覚と嗅覚が封じられて混乱して暴れ狂っていた牙竜だったが、アンが契約を交わした途端に冷静さを取り戻し、川で顔を洗って薬を洗い流すといいう行動を取った。
(こいつ、薬を洗い流す「知能」を得たのか!?)
信じがたい事に先ほどまでは荒ぶる獣同然だった牙竜だが、アンが契約した瞬間に冷静に状況を把握し、最善の行動を取った。この事から牙竜は高い知能を得た事を意味しており、元々高い戦闘力を誇っていたのにさらに知能を得た事でより厄介な敵と化す。
「驚くのはまだ早いわ。こんなのはまだ序の口よ……これからこの子は更に強くなる」
「何だと!?」
「私の支配下に入った魔物は限界を超えてより強くなれる……分かりやすく言えば進化するのよ」
「進化、だと!?」
「でたらめを抜かすな!!」
「そう思うのならかかってきなさい……但し、英雄さんを早く助けないと死ぬわよ」
アンの言葉に全員がナイの事を思い出し、彼は川に沈んだまま浮かぶ様子がない。慌てて一番近くにいるガオウがナイを助けに向かおうとしたが、それをロランが止めた。
「ぼ、坊主!!」
「近づくな!!隙を見せたら殺されるぞ!!」
「うっ……!?」
「ふふっ……別に見逃してあげてもいいわよ」
「グギャアッ……!!」
川に近付こうとしたガオウを見てもアンは特に邪魔する事はなく、彼女に服従化した牙竜も襲い掛かる様子はない。それを見たロランは疑問を抱き、今のアンならば牙竜を操作してここにいる全員を皆殺しにするのも容易いはずだった。
先ほどまでの野生の本能に従って暴れるだけの牙竜ならいくらでも対処できたが、アンの言葉が事実ならば今現在の牙竜は高い知能を得た。そうなれば先ほどのようなガオウの作り出した粉薬の目潰しなども通じない。
(この女、何を考えている……!?)
アンの目的が分からずにロランは警戒心を高め、その間にガオウは川の方に近付き、水中に沈んでいるナイを探す。幸いにもナイはすぐに発見する事ができたが、ガオウは不用意に水の中に飛び込んで大丈夫かと心配する。
「どうしたの?早く引っ張り出さないと英雄さんが死んでしまうわよ」
「くっ……」
「そうそう、言い忘れてたけどさっきの矢には猛毒を仕込んであるわ。早く助けないと死んでしまうかもね」
「なっ!?」
「そ、そんなっ!!」
アンの言葉を聞いたロラン達は顔色を変え、川の中に沈んだナイに視線を向ける。ガオウは居ても立っても居られずに川の中に飛び込み、水中に沈んでいたナイを引っ張り上げる。
「坊主!!おい、坊主……しっかりしろ!!」
「…………」
「早く水を吐き出させろ!!いや、その前に矢を……」
「ナイさん、しっかりなさい!!」
「……お前達、ナイを頼むぞ」
ナイの元にドリスとリンも駆けつけ、ガオウは慎重に腕に突き刺さった矢を確認する。ロランはそんな3人を庇うように前に立ち、牙竜と向かい合う。牙竜に乗ったアンは不敵な笑みを浮かべ、特に仕掛ける様子はない。
(何だ、この女はいったい何がしたいんだ!?)
ロランでさえもアンの思惑が理解できず、彼女がどうして自分達に襲い掛かって来ないのか分からない。状況的には圧倒的にアンの方が有利であるとはいえ、こうして時間を稼げばいずれ後続の部隊が訪れる。
しばらく待てばリーナ達が駆けつけ、その場合は状況は一転する。いくら牙竜が厄介な存在だろうと他の黄金冒険者や王国騎士達が到着すれば十分に戦えるため、ロランは1秒でも長く時間を稼ぐつもりだった。しかし、そんなロランの施行を読み取ったかの様にアンが忠告を行う。
「そうそう、お仲間さんが来るのを期待しているとしたら残念だけどそう上手くはいかないわよ」
「何だと……」
「貴方達が戦っている間に私の僕が森の中に罠を仕込んだの。だから、貴方のお仲間さん達はここへ来るまでに時間が掛かるわ」
「罠だと!?」
アンは牙竜とナイ達が戦闘している最中、自分が従えた白鼠達を放って森中に罠を仕掛けた事を伝えた。そのせいで後続の部隊は罠を警戒して思うように進めず、ここまで到着するのに時間が掛かる事を伝える。
ロランはアンの言葉が嘘だとは思えず、実際に後続の部隊が辿り着く様子がない。彼は歯を食いしばりながらアンがここまでの状況を陥る事を考えて行動していたのかを問う。
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