最終章 《全てを賭けた一撃》

「グギャッ……!?」

「なっ……ば、化物め!!」

「大丈夫ですわ、私が鱗を剥ぎます!!ナイさんは止めを!!」

「ドリスさん!!」



リンの攻撃だけでは牙竜の首の鱗を少し傷つける程度だったが、ドリスは彼女の代わりに真紅を振りかざし、牙竜の首元に先端を突き付けて爆破させる。



「爆槍!!」

「グギャアアアアッ!?」



至近距離から爆炎を受けた牙竜は悲鳴を上げ、この際に首元の鱗の一部が剥がれ落ちた。それを見たナイは鱗が剥がれれば攻撃は通じると判断し、旋斧と岩砕剣を両手に抱えて駆け出す。


強化術を発動させて身体能力を限界まで強化させ、さらに両手の魔剣に魔法腕輪を通して地属性の魔力を流し込む。岩砕剣の場合は重量が増加し、旋斧の場合は刃の周囲に重力の衝撃波を放つ。この二つの刃が重なり合った時、凄まじい威力の斬撃を繰り出せる。



(もう地属性の魔石も魔力は残っていない……この一撃に賭けるんだ!!)



魔法腕輪に装着させた地属性の魔石の魔力は残されておらず、この攻撃が失敗すればナイに牙竜に対抗する手段はない。しかし、ドリスとリンが作り出した好機を無駄にするわけにはいかず、ナイは全力で牙竜の首元に向けて刃を振り下ろす。




(――この一撃で終わらせる!!)




ナイは空中から牙竜に目掛けて両手の大剣の刃を重ね合わせた状態で振り下ろし、首元に目掛けて刃を放つ。視覚と嗅覚を封じられ、更には気配を感知する能力を持たない牙竜は反応できない攻撃の




――振り下ろされた刃が牙竜の首元に届く寸前、森の中から矢が放たれた。その矢は空中に浮かんでいたナイの元に向かい、いち早く察知したナイは矢に気を取られてしまう。




放たれた矢はナイの右手に突き刺さり、この際にナイは右手に掴んでいた旋斧を手放してしまう。そのせいで左手に掴んでいた岩砕剣のみが牙竜の首元に叩き込まれ、血飛沫が舞い上がった。



「グギャアアアッ!?」

「うわぁっ!?」



岩砕剣の刃は牙竜の首元に食い込んだが、威力が不足して切断までには至らず、それどころか牙竜が暴れて振り払った前脚が空中に浮かんでいるナイに衝突して彼を吹き飛ばしてしまう。


この時にナイは両手の武器を手放してしまい、地面に何度も横転しながら最終的には川の中に沈んでしまう。その光景を見ていた者達は呆気に取られ、何が起きたのか理解するのに時間が掛かった。




――全員が吹き飛ばされたナイに注目した瞬間、森の中からボーガンを手にしたアンが姿を現す。彼女はナイ達が牙竜との戦闘の間、気づかれぬように森の中を移動して近付いていた。




ボーガンを手放したアンは傷を負った牙竜の元へ駆け出し、それを見たロランはいち早く彼女が「敵」だと認識する。しかし、アンを見るのは彼も初めてであるため、反応が遅れてしまう。



「リン、そいつを止めろ!!」

「えっ!?」

「もう遅いわ!!」



リンに風の斬撃で彼女を止めるようにロランは指示しようとしたが、既にアンは牙竜の背中に乗り込み、頭部へ向かって手を伸ばしていた。リンはそれを見て咄嗟に剣を振りかざすが、大技の直後だったために上手く魔力が練れない。


彼女が攻撃を繰り出す前にアンは掌を牙竜の額に押し付け、その手には血が滲んでいた。牙竜は唐突に自分の背中に何者かが乗った事に気付いて戸惑うが、アンは牙竜が自分を振り落とす前に契約を交わす。



『私に従えっ!!』

「ッ――――!?」




アンが命令を発した瞬間、彼女の手元が牙竜から離れると額の部分に赤色の紋様が浮かび上がる。アンの右手の掌には「鞭の紋様」が刻まれ、血が滲んでいた。彼女は契約を交わす際は相手の魔物に触れ、そして自分の血を与えて体内に送り込む。


額に紋様を塗りつけたアンは首元の傷に自分の右手を押し当て、血を直接に流し込む。すると先ほどまでは暴れていた牙竜が唐突に動きを止め、しばらくの間は静寂が訪れる。やがて全ての準備を終えたアンは笑みを浮かべた。



「……ありがとう、貴方達のお陰で成功したわ」

「な、何だと!?」

「何を言ってますの!?」

「くっ……」



アンの言葉にリンとドリスは怒鳴り返すが、ロランは顔色を青くした。一流の武人であるロランはアンを背中に乗せた牙竜の異変にいち早く気付き、先ほどまで視覚と嗅覚を封じられて暴れていた牙竜が今は不自然な程に大人しくなっていた。


背中にアンを載せた牙竜は彼女を振り落とす事もせず、ゆっくりと動き始める。牙竜の行動にロラン達は警戒するが、予想に反して牙竜は彼等に攻撃せずに川の方へ近づく。



「何をするつもりですの!?」

「まさかナイを狙う気か!?」

「いや……違う」

「な、何だと……!?」

「ふふふっ……いいから黙って見ていなさい」



川に近付いた牙竜を見てリンとドリスは先ほど吹き飛ばされたナイに追撃をするつもりかと思ったが、ロランだけはその行動の意図を理解していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る