最終章 《ガオウのとっておき》
(さっきまで牙竜の動きは鈍かったのは闇属性の魔力が体内に入っていたからだ)
ナイは最初に闇属性の魔法剣を発動して牙竜に切り付けた事を思い出し、これまで牙竜の動作が鈍かったのは闇属性の魔力が体内に残っていたのだと判断する。
闇属性の魔力は生命力を削り取るため、ナイの攻撃で体内に闇属性の魔力を送り込まれた牙竜は本来の動きを発揮する事ができなかった。しかし、時間が経過するにつれてナイが体内に送り込んだ闇属性の魔力が消えてしまい、今現在は元通りの状態へ戻った。
動きが鈍いうちに止めを刺せればよかったが、竜種である牙竜は耐久力も体力も並の魔物の比ではない。もう一度闇属性の魔法剣で攻撃を仕掛けるとしても、牙竜はナイを警戒して不用意に近付こうとはしない。
(あいつだってここまでの戦闘で傷を負っている……でも、まだ足りない。確実に仕留めるためにはもっと強い攻撃を与えないと……)
これまでの戦闘でナイは強化術を発動させて攻撃を行っていたが、牙竜の肉体の硬度はブラックゴーレムにも匹敵する。強化術を発動した状態のナイの渾身の一撃を受けても牙竜は倒れなかった。
(もっと威力を引きださないと……けど、どうすればいいんだ?)
限界まで身体能力を強化させた攻撃も通じず、だからといってナイに他の戦い方はできない。彼は魔術師のように魔法は扱えず、万策が尽きたかと思われた時、瀕死のガオウがナイに声をかける。
「坊主……こいつを使え」
「えっ、これは……」
「へへ、弱い魔物を追い払うために作った特製の粉薬だ……こいつを牙竜の顔面にぶち込めばあいつだってしばらくは目が利かなくなるはずだ」
ガオウはナイに小袋を差し出し、それを受け取ったナイは驚いた表情を浮かべると、ガオウはこれまでの牙竜の戦闘を思い返してナイに伝える。
「あいつは目を頼りに戦っている。俺達の動きを目で追って攻撃してるんだ……普通の魔獣なら気配を感じ取って行動する事もあるが、あいつの場合はどうやら目で敵を追って攻撃することしかできないみたいだな」
「そんな事が分かるんですか?」
「へへへ、仮にも黄金冒険者だからな……あの野郎、きっと生まれてから一度も自分を脅かす「天敵」と遭遇しなかったんだろう。自分よりも強い存在が居るはずがない、だから気配を感じ取る能力も身に着ける必要がなかったんだ。それに鼻も利くからな、こっそり近付こうとする敵も気づけたんだろう。だが、この粉薬を奴の顔面にぶち込めば視覚も嗅覚も一時的に封じられる」
「な、なるほど……」
「さあ、長々と話している場合じゃねえ……俺の代わりにあいつをぶっ飛ばせ」
小袋を託されたナイはガオウの言葉を聞いて頷き、ここは冒険者である彼の勘を信じて行動する事にした。牙竜は現在はリンとドリスに狙いを定め、先ほどのロランの攻撃で怯んだのか今は動きを見せない。
牙竜が止まっている間にナイは動き、彼は小袋を手にして「隠密」の技能を発動して気配を消す。ガオウの言う事が正しければ牙竜は気配を察知する能力は持っていないらしいが、それでも用心して彼は慎重に近づく。
(気付かれたら終わりだ……でも、やるしかない)
小袋を手にしたナイは「投擲」の技能を生かして牙竜の顔面に目掛けて放つ。牙竜はナイの行動に全く気づいておらず、視界の端に小袋を視認した瞬間に異変に気付いて咄嗟に右前脚を振り払う。
「グギャッ――!?」
横から投げ込まれた小袋に対して牙竜は反射的に右前脚で叩き落そうとしたが、牙竜の前脚の爪が鋭利に研ぎ澄まされた刃物のような切れ味を誇っていた事が幸いした。牙竜が放った爪が小袋を切り裂き、中身の粉末が牙竜の顔面に飛び散る。
――アギャアアアアッ!?
ガオウ特製の粉薬が牙竜の顔面に降り注いだ結果、牙竜の悲鳴が山の中に響き渡る。どんな薬を調合したのか牙竜は両目から涙が止まらず、鼻も効かないのか苦し気な表情を浮かべてその場に転がり込む。
牙竜の行為にナイもドリスもリンも呆気に取られるが、先ほど吹き飛ばされたはずのロランが起き上がって全員に注意した。
「何をしている!!早く攻撃しろ!!」
「え、あ、そ、そうですわね!!」
「よ、よし!!」
「は、はい!!」
ロランの指示に全員が動き、ここでナイは旋斧と岩砕剣を取り出す。確実に牙竜に損傷を与えるためにはナイも全力で攻撃を加える必要があり、ブラックゴーレムを倒した「双裂斬」を繰り出す準備を行う。
(狙うのは……首だ!!)
確実に牙竜を倒すためにナイは首元を狙いを定め、ドリスとリンも同じ箇所を狙っているのか動き出す。最初に動いたのはリンであり、彼女は鞘に剣を収めた状態から刃を引き抜き、先ほどよりも強烈な風の斬撃を繰り出す。
「奴の鱗を剥ぐ!!後は任せたぞ!!」
「了解しましたわ!!」
「はい!!」
リンの言葉にドリスとナイも頷き、彼女が放った斬撃は牙竜の首元に衝突した。しかし、鋼鉄も切り裂けるリンの風の斬撃でさえも牙竜の鱗を完全に剥ぐ事はできず、せいぜい牙竜をよろめかせる程度だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます