最終章 《牙竜》
「グギャアアアッ!!」
「ガアッ――!?」
谷に姿を現した牙竜は凄まじい速度で地面を駆け抜け、ボアを喰らっていた赤毛熊に迫る。赤毛熊は唐突に現れた牙竜に戸惑っていると、その隙を逃さずに牙竜は前脚を振りかざす。
牙竜の放った前脚は赤毛熊の身体を捉え、一撃で赤毛熊の身体を地面に叩き潰す。頭部を踏み潰された赤毛熊は悲鳴を上げる暇もなく、一瞬にして死んでしまった。その光景を見てナイは声を抑え、あまりの牙竜の強さに冷や汗が止まらない。
(あの赤毛熊を一撃で殺すなんて……!?)
赤毛熊は魔物の中では決して弱い生物ではなく、冒険者であろうと白銀級以下の冒険者では相手にならない。子供の頃のナイは赤毛熊を倒すのに1年以上も身体を鍛え続け、白狼種のビャクの手助けを借りて倒した相手である。
そんな赤毛熊を牙竜はまるで虫を潰すかの如く踏み潰すと、赤毛熊の死骸とボアの死骸を見て牙竜は躊躇なく噛みつき、そのまま丸呑みする。
「アガァッ……!!」
牙竜は顎を大きく開いてボアと赤毛熊を飲み込み、その様子を見てナイは更に信じられなかった。ボアも赤毛熊も相当な大きさを誇るのだが、牙竜は簡単にどちらも一飲みで飲み込む。
(これが牙竜……獣の王)
獣の王という異名は伊達ではなく、ナイは牙竜を見ただけで恐怖で身体が思うように動けない。ここまでの威圧感を放つ敵と戦うのはそれこそ竜種以来であり、初めて火竜と戦った時と同じ感覚を味わう。
必死にナイは身体の震えを抑え込み、見つからないように岩の中に身を隠す。幸いにもシノビから渡された臭い消しの香草のお陰で牙竜は岩の後ろに隠れたナイには気づいておらず、そのまま立ち去ろうとした。
「グギャアッ……」
「っ……!!」
口元を抑えながらナイは牙竜が立ち去る様子を確認し、内心では安堵した。このまま牙竜が去ってくれる事を祈った時、不意に彼は別の気配を感じ取った。
(何だっ!?)
別方向から気配を感じ取ったナイは振り返ると、そこには森の中から1匹の白鼠が姿を現し、あろう事か鳴き声を上げながらナイの元に向かってきた。
「キィイイイッ!!」
「なっ……しまった!?」
「ッ――!?」
牙竜が立ち去ろうとした時に白鼠が鳴き声を上げ、それに釣られてナイも声を上げてしまう。その声に反応した牙竜は振り返ると、ナイが隠れている岩に目掛けて前脚を振り下ろす。
「グギャアアッ!!」
「うわぁっ!?」
牙竜の攻撃を察知したナイは咄嗟に前に跳ぶと、彼が離れた直後に岩に目掛けて牙竜の前脚が叩き付けられる。牙竜の一撃によって岩は粉々に砕け散り、原型すら残さないほどに木端微塵と化す。
ナイは攻撃を避ける事に成功したが、牙竜に姿を見られてしまう。牙竜はナイの姿を見て驚いた表情を浮かべ、人間を見かけたのは実に久しぶりだった。
「キィイッ!!」
「くそっ……逃がすかっ!!」
白鼠はナイと牙竜が向かい合っている隙に逃げ出そうとしたが、ナイはそれを見て刺剣を取り出して放り込む。ナイの放った刺剣は見事に白鼠に的中し、悲鳴を上げながら倒れ込む。
「ギャンッ!?」
「はあっ……結局、こうなるのか!!」
「グギャアアアアッ!!」
ナイを前にした牙竜は咆哮を放つと、再び前脚を繰り出す。その攻撃に対してナイは左腕に装着していた反魔の盾を構え、前脚に目掛けて逆に振り払う。
「このぉっ!!」
「ギャウッ!?」
牙竜が繰り出した前脚をナイは反魔の盾を利用して弾き飛ばし、まさか自分の攻撃が跳ね返されるとは思わなかった牙竜は驚愕の表情を浮かべる。
どうにか反魔の盾で牙竜の攻撃を防ぐ事に成功したナイだったが、盾越しに受けた衝撃で左腕が痺れてしまい、完全に防ぐ事はできなかった。ナイは左腕を抑えながらも牙竜と向き合い、この状況を打破する方法を探す。
(もう戦闘は避けられない。だけど、無策で戦って勝てる相手じゃない。きっと、今の咆哮を聞いて他の皆も気づいて駆けつけてくるはず……なんとか時間を稼がないと!!)
牙竜の咆哮を聞いた他の討伐隊の面子も駆けつけてくる事を信じ、ナイは旋斧を抜いて両手で構える。そのナイの様子を見て牙竜は自分に挑むつもりだと気付き、怒りを露わにして咆哮を放つ。
「グァアアアアアッ!!」
「くぅっ……うおおおおっ!!」
鳴き声が変わった事で牙竜が様子見を止めて本気で自分を殺しに来ると悟ったナイは、自分も牙竜の威圧に負けないように叫び声を上げる。恐怖を打ち勝つためにナイは自分自身を鼓舞し、旋斧を構えて立ち向かう――
――牙竜とナイの戦闘が始まった頃、谷から離れた場所にて様子を伺う人物が存在した。その人物の正体はアンであり、彼女はナイと牙竜が戦闘を始めたのを見て笑みを浮かべる。
「さあ、殺し合いなさい……最後に勝つのは私よ!!」
アンは自分だけは安全な場所でナイと牙竜の戦闘を見守り、彼女は高らかな笑い声をあげた――
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