最終章 《獣の王の歴史》

「とりあえず、ここまで罠は見当たらなかったので他の人達にも報告しに行きましょう」

「罠はなかったが、アンの放った監視役の白鼠は居た。油断はできんぞ、誰かがここへ残って見張りをするべきだ」

「私は嫌ですよ!!非戦闘員ですからね、一人で残っても役に立つ自信はありません!!」

「……それでも魔導士か?」

「私は後方支援特化型の魔導士です!!だいたい魔導士といっても全員が戦えるとは思わないでください!!」

「まあまあ……」



喧嘩を始めそうな二人を宥めながらナイは谷に誰かが残るべきか考え、考えた末にナイは自分が残るべきだと判断する。シノビは案内役として他の者をここまで導く必要があり、イリアも本人が残る事を嫌がっているため、ナイは自分一人が残る事を決めた。



「見張り役なら僕一人で十分です。他の皆は先に帰っててください」

「クゥ〜ンッ……」

「ぷるぷるんっ」



ナイが残ると言い出すとビャクとプルリンが寂しそうに彼に身体を摺り寄せ、自分達も残りたいことを伝える。しかし、ビャクは移動役としてどうしてもイリアとシノビを他の皆の元へ運び出さなければならず、プルリンの場合は牙竜が現れても戦えない彼が傍にいるとナイも全力で戦えない。



「大丈夫だよ、2人とも……見つからないように隠密を使ってここで隠れているから」

「そういえばナイさんは隠密も使えたんですよね。羨ましいですね、私も欲しいですよ」

「……油断するな。牙竜は嗅覚も鋭い、気配を完全に殺しても見つかる恐れはある」

「シノビさんは牙竜に詳しいんですね」



ナイの言葉にシノビは注意を行い、自分の里の近くで住処を作る牙竜の事はシノビも把握していた。シノビ一族の間では牙竜は「獣の王」と呼ばれ、その存在を非常に恐れていた。




――ムサシノ地方に生息する牙竜に「獣の王」という渾名を名付けたのはシノビ一族であり、その名の通りに牙竜は非常に恐ろしい存在だった。かつて何人もの勇士が牙竜の討伐に挑んだが、誰一人して牙竜の住処に出向いて戻ってきた者はいなかった。




牙竜は竜種の中でも非常に獰猛でしかも火竜と違って魔石を喰らって生きるよりも、他の生物を好んで襲い掛かる修正があった。そんな牙竜が牙山に住み着いた理由はシノビ一族でさえも知らない。


だが、和国で製作された妖刀が牙山に封じられている事が判明し、牙山に牙竜を住み着かせたのは大昔の和国の人間の仕業である可能性が高い。どのような手段を用いて牙竜を従わせて牙山に暮らさせたのかは不明だが、もしかしたら大昔には和国の人間の中にも「魔物使い」のような職業の人間も居たのかもしれない。


ともかく牙山に牙竜が住み始めたせいで誰も近寄る事はできず、ムサシノ地方に生息する魔物達も牙竜には到底かなわない。しかも300年の時を生きている牙竜の強さは半端ではなく、その強さは獣人国に生息する牙竜とは比べ物にもならない。


竜種という生き物は「老化」という現象はなく、死ぬまでのあいだ肉体は成長を続ける。300年も生きている牙竜は他の竜種よりも成長し続け、もしかしたらその強さは火竜をも上回る可能性もあった。



「牙竜は恐ろしい存在だ。もしも奴が現れた場合、戦おうとは思うな。全力で身を隠せ」

「逃げるんじゃないんですか?」

「逃げた所で奴に追いつかれる。それならば見つからないように心掛けろ……これを渡しておこう」

「これは?」

「臭い消しの香草だ。これを身に着けていれば臭いで気づかれる恐れはない」



ナイはシノビから臭い消しの香草を渡され、有難く受け取る。シノビとイリアはビャクに乗り込み、プルリンも預けると先に皆の元へ戻るように促す。



「じゃあ、ビャク……急いで皆の所に送ってきてね」

「クゥ〜ンッ……」

「大丈夫だって、見つからないようにちゃんと隠れてるから」



心配するビャクを宥めてナイは谷に残って見張り役を行う事を告げ、彼を隠れ里の方へ向かわせる。心配したビャクは途中で何度も振り返って様子を伺うが、ナイが手を振って見送るとやっと言う事に従って森の中を移動する。


ビャク達を見送ったナイは改めて谷の様子を伺い、用心しながら周囲の様子を伺う。この時に「隠密」などの技能を発動させ、できる限り目立たないように気を付けながら近くの大岩に身を隠す。



(シノビさんには大丈夫だといったけど、念のために警戒は怠らないようにしないと……ん?)



ナイは身を隠している最中、何か音が聞こえた気がした。聞き耳を立ててみると確かに何処からか音が聞こえ、しかもどんどんと大きくなっていく。



(何だろう、この音……足音?まさか牙竜じゃ……)



不安を抱いたナイは岩の後ろに身を隠しながら音の方向を確かめると、どうやら谷の向こう側ではなく、ナイ達が移動してきた森の方から音が聞こえる事に気付く。

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