最終章 《牙竜の住処》
――アンが谷を去ってからしばらくすると、ナイとイリアを背中に乗せたビャクが辿り着く。彼の頭の上にはプルリンも乗り込み、周囲を警戒するように見渡す。
「ぷるぷるっ」
「ウォンッ!!」
「この近くにも魔物はいない……と言ってます」
「それは良かったですね」
プルリンの感知能力とビャクの嗅覚ならば近くに魔物が潜んでいれば必ず気付くが、今までの道中で魔物とは1匹も遭遇していない。牙山を住処とする牙竜を恐れて野生の魔物が近付かないのかもしれない。
目的地に辿り着いたナイは谷の様子を伺うが、特に怪しい人影も罠も見当たらない。念のために自分も気配感知や魔力感知を発動して周辺を探るが、誰かが隠れている様子はなかった。
「ここには誰もいないみたいです」
「そうですか、なら素材を集めるとしたら今の内ですね」
イリアはビャクから降りると虫眼鏡を取り出し、地面を覗き込みながら何かないのかを探す。そんな彼女を見ながらナイはビャクの喉を潤すために川の水を飲ませる。
「喉が渇いたね、水を飲もうか」
「ウォンッ……」
「ぷるぷる♪」
川に近付いた途端にビャクの頭の上に乗っていたプルリンが嬉しそうに跳び跳ね、ビャクが川の中に顔を突っ込むと、プルリンは彼の頭の上を滑り落ちるように川の中に飛び込む。
スライムは水を定期的に摂取しなければいきていけないため、水面に浮かびながら水を飲み込む。その様子を微笑ましく思いながらもナイは水を飲もうとした時、イリアが声を上げた。
「はわっ!?」
「イリアさん!?」
「ウォンッ?」
「ぷるるんっ?」
イリアの悲鳴が聞こえてナイは振り返ると、そこには尻餅を着いたイリアの姿があった。何事か会ったのかとナイは駆けつけると、彼女は身体を震わせながら指差す。
「こ、これ……これを見てください!!」
「えっ……うわっ!?」
ナイは彼女が何を見たのかと不思議に思って顔を向けると、地面には巨大な足跡があった。その足跡の大きさは尋常ではなく、赤毛熊の足跡よりもずっと大きい。
足跡の大きさから確認するに大型の魔物だと思われるが、それにしてもかなり大きく、下手をしたら「火竜」ほどの大きさが存在するかもしれない。どうしてこんな場所に足跡があるのかとナイは戸惑うと、イリアはある推測を行う。
「もしかして私達……もう既に牙竜の住処に入ってるんじゃないですか!?」
「ええっ!?」
「だって、そう考えないとこの足跡は説明が付きませんよ!!こんなバカでかい足跡、竜種以外に説明できません!!」
「……そうかもしれない」
イリアの言葉に反応したのはナイではなく、二人の後方から声が欠けられる。ナイ達は振り返ると、そこに立っていたのは途中で別行動を取っていたシノビだった。
シノビは谷を案内するために行動を共にしていたが、途中で別れて周辺の様子を探っていた。彼が離れた理由はシノビは視線を感じ取り、その視線の正体を探るために別行動を取っていた。そして彼は視線を向けていた正体を見破り、ここへ戻ってきた。
「シノビさん!!良かった、無事だったんですね!!」
「心配をかけたようだな。すまなかった……視線の正体はこいつらの仕業だ」
「それは……白鼠ですか」
「そうだ。恐らくはアンの差し向けた監視役だろう」
ナイ達が道中で感じ取った視線の正体は白鼠である事が判明し、シノビの手の中には数匹の白鼠の死体が握りしめられていた。どうやらアンが送り込んだ監視役らしく、アンは白鼠を通してナイ達の行動を見張っていたらしい。
これまでアンがナイ達の行動を把握していたのは森の中に放っていた白鼠の仕業らしく、この白鼠達を利用してアンは情報収集していた。しかし、その白鼠もシノビが始末したが、彼はそのためにナイ達と離れて行動を取った事を謝る。
「先に伝えるべきだった。この谷はもう牙竜の住処だ……時折、餌を求めに牙竜が山を下りる事がある」
「ちょっと!?そういう事は早く行ってくださいよ!!」
「すまない、だが牙竜が山を下りる事は滅多にないはずだが……」
足跡を確認したシノビはその大きさを見て牙竜の物だと断定し、そんな大事な情報を黙っていたシノビにイリアは抗議するが、彼としてはナイの傍にビャクとプルリンがいれば牙竜が近くにいても気付けると思っていた。
「安心しろ、この足跡は大分前の物だ。奴はまだ牙山にいるはず……すぐにここを離れるぞ」
「本当ですか?全くもう……これじゃあ、呑気に素材回収もできませんよ」
「元より、今回は偵察が任務のはずだ。素材回収はほどほどにしておけと言われたはずだが……?」
「うるさいですね、私こう見えても結構偉い人間ですよ?王女様に告げ口しますよ」
「まあまあ……喧嘩している場合じゃないよ」
「ウォンッ……(←呆れる)」
「ぷるんっ(←川の中で元気にはしゃぐ)」
シノビとイリアのやり取りにナイが割って入り、二人を落ち着かせながらナイは戻るように提案した。
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