最終章 《偵察》
「そういう事なら私も一緒に行きますよ」
「えっ!?」
「イリア魔導士が……か?」
意外な事にナイの同行を申し出たのはイリアだった。彼女は討伐隊に参加する予定はないはずだが、イリアはナイの偵察に同行を申し出た事に他の者は訝しむ。
「イリア魔導士の製薬技術は素晴らしいと思いますけど……」
「戦闘になった時に戦える自信はあるのか?」
「ちょっとちょっと、舐めないでください。確かに私はお世辞にも強いとは言えませんが、戦いの手段ぐらいは身に着けています」
「ほう……しかし、何故わざわざ偵察を買って出た?」
「この地域で採取できる素材を調べるためですよ。偵察がてらに色々と調べたいと思いましたからね、ですけど今回の遠征で連れてきた騎獣はナイさんのビャクちゃんだけじゃないですか」
イリアが同行を申し出た理由はムサシノ地方で採取できる素材(薬草等)を調べるためであり、この地域には王国でも比較的に珍しい植物が生えているらしく、それらを確かめるために彼女はナイが連れているビャクの力を借りたいらしい。
「白狼種のビャクちゃんと一緒なら魔物に襲われる心配もありませんし、色々な場所に行けそうですからね」
「それはそうかもしれませんけど、危険ですよ?」
「大丈夫ですって……というか、魔物を威圧できるナイさんと一緒の方がむしろ安全だと思いますけど?」
『…………』
何気なく告げたイリアの言葉に誰も言い返す事ができず、確かにこの状況下ならばナイの傍にいる方が安全かもしれない。仮に野生の魔物が現れてもナイと白狼種のビャクが傍にいれば襲われる可能性は皆無に等しい。
この森にどの程度の危険な魔物が生息しているのかは未だに判明していないが、少なくとも赤毛熊程度の魔物が現れたとしても今のナイならば簡単に追い払える。それにイリアも戦える自信はあるらしく、ちゃんと装備を整えてきたらしい。
「ナイさんの足を引っ張るような真似はしませんから、一緒に連れて行ってくださいよ〜」
「う〜ん……」
「大将軍、どうしますの?」
「うむ……イリア魔導士には薬の製造に集中して欲しいのだが」
「製造と言われても飛行船があんな状態だと私も薬作りに専念できないんですよ。私の医療室も被害を受けましたからね」
飛行船が攻撃を受けた際に彼女が薬作りの際に利用している医療室の方も被害を受けたらしく、薬の製造に必要な器具も壊れてしまったらしい。そのため、現在のイリアは回復薬の製作ができず、仕方ないのでムサシノ地方で手に入る素材の調査を行いたい事を正直に伝える。
「私の薬を作るのに必要な器具はアルトさんが治してくれているんですが、それまでの間は私も暇なんですよ。それだったらこの地方で手に入る素材を調べて、ついでに薬草とかも集めてくるのは悪い事じゃないでしょう?」
「一理ある……のか?」
「イリア魔導士、その言葉に嘘はないな?」
「ありませんよ。ていうか、嘘をついて私に何の得があるんですか。こっちだって医療室が壊されていなければ薬作りに集中してましたよ」
ロランの言葉にイリアが不貞腐れた様に告げると、ロランは再び考え込む。こう見えてもイリアは王国にとっては重要な人材であり、彼女の作り出す薬はどれも一級品で他の人間には真似できない。
イリアを失えば優れた効能を持つ回復薬を作り出せる人間はいなくなり、その場合は王国は大きな過失を受ける。そう考えると彼女をわざわざ危険な真似をさせるのは避けたいが、確かにナイの傍が安全な可能性もある。
「……分かった、同行を許可しよう。但し、あくまでも偵察が目的だ。素材の調査もほどほどにしてもらおう」
「分かりました。約束します」
「ロラン大将軍、どちらにしても俺が案内しなければ谷には辿り着けない、この命に代えても二人を守る事を誓おう」
偵察を行うには当然だが谷まで案内する人間が必要であり、案内役のシノビもナイ達に同行する。偵察はこの3人が行う事が決まり、これ以上に人数を増やすと移動の際に不都合が生じるかもしれず、3人に偵察を任せてロランは他の者には何時でも出発できるように準備を命じた。
「では3人が戻り、報告が終了次第に我々も動くぞ。それまでの間、各自準備を整えておけ」
『はっ!!』
ロランの指示に王国騎士と冒険者達は従い、ナイはシノビとイリアと共にビャクを連れて牙山に通るまでに存在する谷へ向かう――
――同時刻、ナイ達が向かう予定の谷に人影があった。その人影は川向うに視線を向け、その先に待ち構える存在を感じ取る。
「……懐かしいわね」
人影の正体はアンであり、今の彼女の傍には魔物の姿はない。ここまで同行してきた黒蟷螂もブラックゴーレムも彼女は手放した。どちらも優秀な手駒だったが、それ以上の存在を味方にする事ができると確信していた上で彼女は2体を飛行船に差し向けた。
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