最終章 《飛行物体》

――黒蟷螂を倒した後、テンは負傷者の治療を行う。黒蟷螂を足止めしていた女騎士達の中には重傷を負った者もおり、アリシアも右腕を切断されて一応は繋げたが、右腕の感覚が鈍くなっていた。



「アリシア、腕の様子はどうだい?」

「……駄目ですね、まだ完全には繋がっていません。腕に力が入りません」



アリシアは右腕に力を込めようとしても上手くいかず、剣を握りしめる事もできなかった。それでも少しずつではあるが感覚が戻り始めており、時間が経過すれば元に戻ると思われた。


負傷者の治療を行いながらもテンは倒した黒蟷螂に視線を向け、念のために死骸を確認して例の紋様が刻まれていないのかを確認する。そして背中の部分に「鞭の紋様」が刻まれている事が発覚し、案の定というべきか黒蟷螂を操っていたのは魔物使いのアンだと判明する。



「やっぱりこいつも操られていたようだね……けど、この化物がここに現れたという事はアンの奴もここに居るという事かい?」

「恐らくは……」

「だが、どうして奴はこの化物を飛行船に送り込んできた?この飛行船を破壊するためか?」



ランファンの言葉にテンは腕を組んで考え込み、状況的に考えて黒蟷螂を飛行船に送り込んだのはアンである事は間違いない。しかし、アンの目的の意図が分からなかった。



(飛行船を破壊してあたしたちの退路を断とうとした?けど、魔物を送り込めばアンの奴だって私達に気付かれる事は分かっているはず……)



黒蟷螂が現れた事で既にアンがムサシノ地方へ辿り着いている事は確定したが、最初に飛行船を襲った事にテンは疑問を抱く。討伐隊が王都へ帰還する方法を絶つために飛行船を黒蟷螂に破壊させようとしたとしても、たった1体の黒蟷螂だけで飛行船を破壊するつもりだったのかと考えると腑に落ちない。



(何か気になる……こういう時のあたしの勘は外れないから面倒だね)



倒した黒蟷螂の死骸を確認しながらテンは考え込んでいると、不意にアリシアが何かに気付いたように振り返る。彼女はエルフであるため他の人間よりも聴覚が優れており、遅れてエリナやルナも気付く。



「この音は……?」

「あれ、何か聞こえませんか?」

「聞こえるぞ!!小さいけど……いや、どんどん大きくなってる!?」

「何だい急に……何が聞こえるんだい?」



テンは3人の反応を見て自分も耳を澄ましてみると、確かに何か聞こえてきた。最初は気のせいかと思ったが、徐々に音が大きくなり始めており、しかも何処かで聞き覚えのある音だった。



(この音は……飛行船?いや、そんな馬鹿な……)



聞こえてきた音の正体がが動く際に聞こえてくる音と似ており、噴射機から火属性の魔力が放出される時の爆発音とよく似ていた。まさか王都に残してきた新型の飛行船がここまでやってくるはずがなく、音の正体を確かめるためにテンは空を見上げる。


飛行船はこの世に2隻しか存在せず、その内の一つは現在テン達が乗っている。もう一つの方は王都の造船所にて保管されているはずであり、とても飛べる状況ではない。第一に飛行船を運転できる人間がいない。



(近付いている!?)



それでも確実に音は大きくなり始めており、確実にテン達の元へが接近していた。テンは嫌な予感を覚えて甲板に立っている人間達に注意した。



「あんた達!!すぐにここを離れな!!船内に居る奴も避難させるんだよ!!」

「えっ!?」

「急にどうしたんだテン?」

「分からない!!けど、ここにいると嫌な予感が止まらないんだよ!!」



テンの発言に他の者たちは驚くが、彼女の鬼気迫る表情を見て只事ではないと判断し、すぐに彼女達は従う。テンは何が近付いているのか分からないが、一刻も早くここを離れなければならないと思った。


彼女の判断に従って甲板に居た聖女騎士団は船から降りようとしたが、この時に空の上から轟音と共に赤色の物体が接近してきた。最初にそれを見た者は「隕石」か何かかと思ったが、その正体は隕石などではなく、超高速で落ちてくる「ゴーレム」である事が判明した。




――ウオオオオオッ!!




凄まじい勢いでゴーレムは飛行船の甲板に目掛けて突っ込み、それを見たテン達は呆気に取られた。そしてゴーレムが甲板に衝突した瞬間、強烈な振動が飛行船を襲い、甲板に立っていた者達はその衝撃で吹き飛び、湖に落ちてしまう。

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