最終章 《牙山へ向けて》

「さあ、今後はこの里を拠点にして活動を行う!!飛行船から物資を運び込み、まずは守備を固めろ!!」

『はっ!!』



ロランの指示の元、王国騎士達は迅速に動き始める。牙山に直行する前に飛行船から物資を運び、この里を拠点にしてまずは戦闘態勢を整え、万全の準備を整えた後に牙竜の討伐を行う。


竜種との戦闘の危険性はナイ達も嫌という程知っており、今回の牙竜は火竜よりは戦闘力は低いらしいが、話を聞く限りでは300年以上も生きている個体だという。通常の牙竜の寿命は100年らしいが、牙山に生息する牙竜はその3倍も生きている事から普通の個体ではない。



「兄者、牙山の偵察に向かわないのでござるか?」

「……危険過ぎる、伝承によれば奴は嗅覚に敏感だ。我々に気付けば確実に殺されるぞ」



本来であれば牙山を偵察し、牙竜がどのような状態なのか確かめる必要があった。しかし、かつて牙山に赴いて生きて帰った人間はおらず、シノビは偵察に向かう事を禁ずる。


かつてのシノビならば危険を犯してでも任務を遂行しようとした。しかし、今は愛する人間がいる彼は無暗に自分の命を危険に晒せず、当然だが大切な妹を捨て駒のように扱う事はできない。牙山の様子を探れないのは不安もあるが、相手が竜種であると考えると迂闊に動けない。



「おい、マリン!!お前の魔法に期待しているからな!!」

『……火竜の時は相性が悪かっただけだ。他の竜種なら私の魔法でも対処できる』

「ふははっ!!それは頼もしいな!!」

「う〜……どきどきしてきた」



黄金級冒険者達も牙竜との戦闘は初めてであり、流石に緊張が隠せない様子だった。ゴウカだけは牙竜との戦闘を楽しみに待ち望んでいる節があるが、一番年齢が若いリーナは不安そうにしていた。



「あれ?そういえばアルト王子とイリア魔導士は……」

「船に残ってる。飛行船の整備を手伝うとかどうとか言って」。ヒナとモモも残ってる」

「そ、そうですか。というか私達はアルト王子の騎士なのに、ここに居ていいんでしょうか……」

「それは言わない約束」



白狼騎士団のヒイロとミイナは里で拠点作りの作業を手伝っているが、アルト達は飛行船に残っていた。尤も飛行船には聖女騎士団も残っているので安全だと思われるが、それでも不安は隠せない。



「やっぱり心配です、私達も戻りましょうか?」

「気にする必要はないと思う。ナイもさっき、あっちに戻っていった」

「そ、そうですか……ナイさんの方が私達より王国騎士らしいですね」

「それも言わない約束」



飛行船にはビャクを連れたナイが戻り、彼が飛行船に向かうのであれば安心してヒイロとミイナは作業に集中できた。他の騎士団も里の中に魔物が入り込めないように柵を築き、運び出された物資の確認を行う。



「イリアさんが作った仙薬という薬、中々の優れものですわね。これなら戦闘の際中でもすぐに飲めますわ」

「私は上級回復薬の方が飲みやすいと思うがな……」

「あら、リンさんはお薬が嫌いですの?お子様舌ですわね……」

「やかましいっ!!」



運び出された物資の中には薬品の類も含まれ、今回は前回の時のように鼠型の魔獣に破壊されないように厳重に管理していた。竜種との戦闘に備えてイリアはこの日のために大量の仙薬を作り出す。


激しい戦闘の際中では回復薬を飲む余裕もない場面を想定し、液体の薬よりも丸薬が食べやすいのでイリアは「仙薬」を作っていた。今回はグマグ火山の時と違って人数も少ないため、それほど作るのに手間は掛からなかった。



「ロラン大将軍、調べたところこの周辺には魔物は見かけませんでした」

「そうか……だが、見張りは常に用心しておけ」

「はっ!!」



村の周辺には魔物の気配はなく、そもそもシノビの話によれば牙山に生息する牙竜の影響でこの周辺は魔物が近付く事は滅多になかった。十数年前にこの村を襲った魔物は「世界異変(世界規模で魔物が大量に増殖する現象)」の影響で大量繁殖した魔物が襲ってきたのだが、襲われた後は一度もこの村に魔物が訪れた様子はない。


世界異変の影響で世界各地の魔物が活発化したが、今では大分影響も収まり、今回の牙竜の討伐に成功した場合は王国の脅威がまた一つ消える。しかし、王国の最大の脅威は未だに放置されたままだった。



「ダイダラボッチ、か」



ロランは自分が北方の領地の守護を行っていた時、王都の戦力がゴブリンキングの討伐を果たした報告は受けている。しかし、討伐隊はゴブリンキングを倒した後、山の中に封じられている巨大な緑の巨人を発見したという報告も聞いていた。


その巨人の正体が和国を滅ぼした魔物「ダイダラボッチ」と考えられ、今尚も山の中に封じられている。その話を不意に思い出したロランは嫌な予感を抱く――

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