最終章 《威圧》
「……以前と比べて森の雰囲気が変わったでござるな」
「ああ、前に着た時よりも魔物の気配が増えている」
「そうなんですか?」
シノビ一族の里へ向かう途中、案内役のシノビとクノは森の雰囲気が変わった事に気付く。二人は何度か里帰りした事があるが、最後に里に戻ったのは3年も前であり、以前に戻った時と比べても魔物の数が増えている事に気付く。
この地方は一時期ゴブリンが大量に集まり、ゴブリンキングの軍勢が結成されていた。その影響でゴブリン以外の魔物は数を減らしていたが、2年前にゴブリンキングが討伐されて軍勢も一層されたため、ゴブリン以外の魔物が数を増やしていた。
「グルルルッ……!!」
「ビャク、落ち着いて……大丈夫だから」
「ぷるぷるっ……」
魔物であるビャクとプルリンも森の中に潜む多数の気配を感じ取り、落ち着かない様子だった。ナイは2匹を宥めていると不意に先頭を歩いていたシノビが武器を抜く。
「待て!!気を付けろ、敵だ!!」
「例の魔物使いでござるか!?」
「いや……魔物だ」
シノビの言葉を聞いて他の者も武器を構えると、討伐隊の前方からコボルトの集団が姿を現す。その数は10匹は存在し、討伐隊を遮るように待ち構える。
『ガァアアアッ!!』
「こいつら……亜種でござる!?しかもこんなにたくさん!?」
「油断するな!!こいつらの動きは素早い、隙を見せるな!!」
討伐隊の前に姿を現したのはコボルトの亜種の「群れ」であり、普通ならばあり得ぬ事態が起きていた。魔物の亜種は突然変異でしか生まれる事はなく、滅多に巡り合える存在ではない。それにも関わらずにナイ達の前には10匹も亜種が現れた。
コボルト亜種を見てナイは子供の頃に戦って危うく殺されかけた事を思い出し、そういう意味ではナイにとっては嫌な思い出のある敵だった。コボルト亜種は討伐隊に対して涎を垂らし、今にも襲い掛からない雰囲気だった。
『グゥウウウッ!!』
「どうやら拙者達を餌だと思っている様子でござるな」
「ちっ、面倒な……」
「全員、戦闘態勢!!」
「待って!!」
ロランが討伐隊の面子に指示を与えようとしたが、その前にナイが前に出た。彼の行動に全員が驚くが、プルリンを頭に乗せたビャクも続く。
「ナイ殿!?危ないでござるよ!!」
「大丈夫……平気だから」
「グルルルッ……!!」
白狼種のビャクが前に出るとコボルト亜種たちは流石にたじろぎ、同じ狼種でもコボルトと白狼種では大きな差がある。白狼種の迫力を間近に味わったコボルト亜種は恐れを抱き、それを見逃さずにナイは2年前には覚えていなかった新たな技能を発動する。
(これを使うのは久しぶりだな……)
前に出たナイは白狼種のビャクの迫力に怯えているコボルト亜種の群れと向かい合い、大きく息を吸い込む。そして目を見開くと大音量で叫ぶ。
――失せろっ!!
森の中にナイの声が響き渡り、その直後に彼から凄まじい「威圧感」が放たれ、それを間近で受けたコボルト亜種は恐怖を抱く。コボルト亜種だけではなく、周囲の木々に止まっていた鳥たちも慌てて逃げ出し、小動物や虫でさえも離れていく。
あまりのナイの迫力に討伐隊の面子すらも呆気に取られ、彼の迫力をまともに受けたコボルト亜種の群れは情けない悲鳴を上げて逃げ出す。
「ギャインッ!?」
「ガアアッ!?」
「ギャンッ!?」
コボルト亜種はナイに恐れをなして逃げ出し、四つん這いになって駆け抜けていく。その様子を見届けたナイは額の汗を拭い、上手く追い払えた事に安心する。
「ふうっ……やっぱり、この技能は精神を使うな」
「な、何をしたんだ?」
「す、凄い!!あのコボルト亜種が逃げ出したでござる!?」
「今のはまさか……威圧か?」
ナイの一声でコボルト亜種どころか他の野生動物も逃げ出したのを確認し、全員が動揺を隠せなかった。そしてロランはナイの行為を見てすぐに「威圧」という言葉が思いつく。
――威圧とは心眼と同じく特殊技能として認識され、この威圧は文字通りに威圧感を放つ能力である。威圧を受けた敵は、使用した人間と実力差が大きく離れた相手ならばまともに戦う事もできずに身体が勝手に反応して逃げ出してしまう。
かつてはナイを追い詰めた事があるコボルト亜種だが、今のナイにとっては戦うに値しない敵であり、彼の一声で逃げ出してしまう。恐らくあの調子ならば二度と現れる事はなく、これで無駄な戦闘を避けて先に進める。
威圧の技能はナイがこの2年の間に覚えた技能であり、これまでは使う機会はあまりなかったが、今回は先を急ぐので無駄な戦闘を極力避けるためにナイは使用した。
「ははっ……本当にこの坊主は毎回驚かされるな」
『ふははっ!!中々の威圧だったぞ!!今度また狼共が現れたら俺もやってみるか!!』
『耳が痛い……』
「さ、流石はナイ君……僕も身体が震えちゃった」
黄金級冒険者達でさえもナイの威圧に身体が反応し、ゴウカ以外の者達は震えが止まるのに時間が掛かった。それは王国騎士達も同じであり、ロランを除く者達もナイの威圧を浴びて身体がまともに動けない。
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