最終章 《故郷》
「――ムサシノ、か」
「ウォンッ?」
「ぷるぷるっ?」
ナイはビャクとプルリンと共に窓の外を眺め、もう間もなく「ムサシノ地方」へ到着する事を知ると、不思議な気持ちを抱く。ムサシノ地方はナイが子供の頃に暮らしていたイチノの隣に存在し、彼が暮らしていた村からそれほど離れていない。
子供の頃にナイは森の中で捨てられていた所を猟師のアルに拾われ、彼が暮らしていた村で暮らしていた。今思えば生活は楽ではなかったが、それでもアルや友達のゴマンも一緒に居たので幸せな日々だった。
もしもナイが赤毛熊に殺されたアルの仇を討つために村を離れなかった場合、今もゴマンや他の村の人は生き残れたのかと考えてしまう時がある。しかし、いくら考えても答えは分からない。
村を滅ぼしたホブゴブリンの集団はナイが倒したが、仮にあのまま村に住み続けるのは難しい。既にナイの村の近くの山ではゴブリンが集まり、ゴブリンキングが誕生していた。あのままナイが村に残って守り続けたとしてもゴブリンの軍勢やゴブリキングに太刀打ちできたとは思えない。
それでもナイが村を守っていれば他の村人がイチノへ逃がす事ぐらいはできたかもしれない。しかし、逃げたとしてもイチノにゴブリンの軍勢が迫れば結果は同じであり、結局は助からなかった可能性も否定できない。
(考えても仕方ないとは分かっているけど……)
もしも自分があの時にこんな風に行動していれば、と考えた所で現実に変わりはない。ゴマンは死亡し、親しい村人はいなくなった。それは悲しい事ではあるが、ナイは彼等を失った反面に他の人々と巡り合えた。
仮にナイが陽光教会に世話になっていなかった場合、魔物に街を襲われたイチノは大きな被害を受けていた。恐らくはドルトンとイーシャンも魔物に殺されていただろ。その後にナイは旅を出る事もなく、その場合は王都に暮らす人々と出会う事もなかった。
ナイが王都に辿り着かなければグマグ火山の火竜の討伐も果たせず、王国を裏から牛耳っていた宰相やシャドウや白面が今尚も国を支配していたかもしれない。
(よくよく考えると凄い事をやって来たんだな……)
自分の人生を思い返してナイは村で暮らしていた頃と比べるととんでもない生活を送っている事を知り、苦笑いを浮かべてしまう。どうしてこんなにも昔の事を思い出すのかと自分で不思議に思い、ナイは窓を見つめて外の風景を眺める。
(……あの人は母親だったのかな)
以前にナイは自分が見た夢を思い出し、その夢では見知らぬ女性がナイの事を優しく抱きしめた。その女性の事はナイは誰なのか分からなかったが、もしかしたら彼女が自分の母親ではないかと思う。
ナイは幼少期に森に捨てられていた所を拾われ、アルによればナイの両親は彼を森の中に捨てた酷い連中だと思い込んでいた。実際にそれが事実なのかは分からず、どうしてナイをわざわざ人里から離れた森の中で捨てたのか、そしてわざわざ手紙を残したのか、色々と謎を残したまま消えてしまった。
赤ん坊だったナイは手紙を読んでおらず、アルも決して書いていた内容は教えてくれなかった。だが、アルの反応から手紙には自分を見捨てるような文章が記されていたとナイは気付き、少し前までナイは実の両親から嫌われていたと思い込んでいた。
(夢の中の人が本当に母親だとしたら、どうして手紙は……)
自分の夢に出てきた女性をナイは母親ではないかと思い、あの女性が自分に対して酷い事をしたとは思えない。しかし、アルが嘘をつく理由はなく、そもそも夢に出てくる人物が本当に母親なのか分からない。もしかしたらナイは自分にとって都合のいい母親像を想像して夢に出てきただけかもしれない。
(……僕の家族は爺ちゃんだけだ)
気を取り直してナイはアルが弟のエルのために作ったペンダントを取り出す。このペンダントはアルが作った玩具であり、エルと別れる時に受け取った代物だった。
「爺ちゃん、見守っててね」
ペンダントを首に下げてナイは気分を切り替えるために頬を叩き、ここで彼は窓の外を見ると遂に「イチノ」の街並みが見えてきた。飛行船はイチノの上空を通り過ぎ、この時にナイは街を見下ろしながらここに暮らす人々を思い出す。
(用事が終わったら皆と会いに行けるかな?)
イチノにはナイが世話になったドルトン、イーシャン、ヨウが暮らしており、王都へ戻る前にナイは3人と会えないかと考えた。
――しかし、彼の気持ちとは裏腹にドルトン達はナイが戻ってこない事を祈る。その理由は彼が強大な敵と戦う事を知っているからだった。
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