最終章 《一抹の不安》

「お前達は下がっていろ!!」

『ぬおっ!?ずるいぞ、今回は俺が……』



駆け出したロランを見てゴウカは慌てて追いかけようとしたが、既にロランは双紅刃を振りかざして攻撃を繰り出していた。彼は巨大ワニの頭上を飛び越え、首の部分に目掛けて振り下ろす。



「はああああっ!!」

『ッ――!?』



巨大ワニは双紅刃の一撃で真っ二つに首と胴体を切り裂かれ、頭部は甲板に切り落とされ、胴体の方は湖の中に沈み込むと大量の血が流れて湖が真っ赤に染まった――






――プルリンの活躍のお陰でアンが事前に伏せていた魔物の襲撃を予知し、前回の時とは違って冷静に対処する事ができた。ロランが首を切り落とした巨大ワニは予想通りに鞭の紋様が刻まれ、やはりアンは飛行船が着水する場所に罠を仕掛けていた。


クラーケンの時と違って今回は大きな被害はなく、巨大ワニの死骸の回収には苦労したが飛行船の整備は問題なく進む。今日中にはムサシノ地方に辿り着ける予定であり、全員が最終準備を整える。



「この湖にまでアンが罠を仕掛けていたという事は、僕達が予想していたよりもアンはムサシノに迫っている事になるね」

「くそっ……どのみち、地上から追いかけていたとしてもあたしたちには追いつけなかったのかい」

「余程足の速い魔獣を従えているようですね」



飛行船が現在降りたった湖はイチノからもそれほど離れておらず、予測していたよりもアンの進行速度が速い。王都で騒ぎを起こしてから半月程度で既にアンはイチノに迫っていた。



「こんなに早く王都から移動できるなんて……信じられません」

「ナイさんの飼っているビャク君みたいに特別に足が速い魔獣でも従えているのかもしれませんね」

「う〜ん……」



アンがどのような移動手段を取っているのかは不明だが、聖女騎士団の調べたところではアンは人里に訪れる時は必ず一人であり、魔獣は1体も従えていない。魔獣を従えて街に入ったら目立つと考えた上の行動だろうが、そのせいで彼女がどんな魔獣を従えているのか未だに判明していない。


白狼種のビャクでも半月で王都から辺境の地であるイチノまで移動するのは困難を極め、そもそも王都に移動するまでいくつもの森や山を越えなければならない。



(いったいどうやって移動しているんだろう……そういえばアンはブラックゴーレムを従えているはずだけど、何処かに置いてきたのかな?)



ブラックゴーレムはゴーレム種の中では動きは素早い方だが、それでも白狼種と比べたら圧倒的に移動速度は遅い。仮にアンが移動を重視して旅をしているのであればブラックゴーレムは足手まといという事になる。



(ブラックゴーレムを置いて旅をしているのならもう戦う必要はないのかもしれないけど……でも、牙竜と戦うとしたらブラックゴーレムの力は必要になると思うけどな)



ムサシノ地方に存在する「牙山」は竜種であるの住処であり、もしもアンが牙山に封じられている妖刀が目当てだとしたら牙竜の戦闘は避けられない。仮にアンがブラックゴーレムを置いて行ったとしたら彼女はどのような手段で牙竜に挑むつもりなのか気になった。



「あの……私、思いついたんですけどアンはもしかして空を飛べる魔獣を従えているのではないでしょうか?前にこの飛行船を襲った空賊みたいに……」

「ああ、そういえばいましたね、そんなの」

「随分と懐かしく感じるな……」



会議に参加していたヒイロが空賊の話をすると、当時飛行船に乗っていた者達は思い出す。かつて飛行船がゴブリンキングの討伐のためにイチノへ向かう際中、ヒッポグリフと呼ばれる鳥獣型の魔物に乗って襲い掛かってきた空賊を思い出す。


確かに空を飛べる魔物ならば地上で妨害を受ける事はなく、どんな場所も飛び越える事ができる。そう考えればアンが短期間でイチノにまで迫っている理由も説明できた。



「なるほど、我々のように空を飛んで移動しているわけですか。確かにその可能性はありますね。鳥獣型の魔物を複数従えて乗り換えながら移動していたとしたら有り得なくはありません」

「ならばアンが既にムサシノ地方に辿り着いている可能性もあるのか?」

「それは……分かりません。アンがどんな鳥獣型の魔物を従えているのか不明な以上、移動速度も測れませんからね」

「……つまり、否定はできないというわけか」



イリアの発言に全員が緊張感を抱き、既にアンがムサシノ地方へ辿り着いている可能性があった。だが、先に辿り着いていようと竜種である牙竜を簡単にアンが従えさせる事はできるとは到底思えなかった。



「仮にアンがムサシノ地方に辿り着いてたとしても、牙竜を従えて牙山に封じられている妖刀を手に入れたとは限りません。それに私たちだって今日中に目的地に辿り着くんですから」

「そうだな……だが、出発は急いだほうがいいだろう」

「今回は寄り道はできない、ムサシノ地方まで直行しよう」



当初の予定ではイチノに立ち寄って物資を補給する手はずだったが、アンが先にムサシノ地方に辿り着いている可能性がある以上、時間を無駄にする事はできない。アルトは整備が終了次第、飛行船をムサシノへ向かわせる事を伝えた――

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