最終章 《スライムの感知能力》
――翌日の早朝、飛行船はムサシノ地方へ向けて出発した。次の目的地はこれまでに訪れた事がない湖を選ぼうとしたが、残念ながら進路方向上にある湖は1つしかなく、その場所はかつて何度も飛行船が訪れた場所である。
進路を無視して他の湖に立ち寄る場合、大幅に到着時間が遅れてしまう。罠が張られている可能性もあるが、それでもこれ以上に時間を無駄にするわけにもいかず、危険を承知で飛行船は目的地へ向かう。
「間もなく目的地に到着する!!全員、戦闘準備は整えてくれ!!」
「遂に辿り着きましたね……」
「プルリン……頼んだよ」
「ぷるぷるっ♪」
操縦席にてアルトが目的地まで間もなく辿り着く事を伝えると、ナイは自分の頭の上に乗ったプルリンに声をかける。飛行船が目的地の湖に辿り着くと、ナイはプルリンとイリアを連れて甲板へ向かう。
「イリアさん、本当に大丈夫!?」
「多分ですけど……ここはプルリン君の能力を信じましょう」
「ぷるぷ〜るっ(任せんしゃいっ)」
甲板に移動したナイはプルリンを船首に移動させ、この時に他の王国騎士や冒険者も甲板に出てきた。その中には船の中で今まで大人しくしていたビャクの姿もあり、彼は注意深く周囲を見渡して臭いを嗅ぐ。
「スンスンッ……ウォンッ!!」
「うわっ!?な、何だよ!?」
「落ち着いて……ビャクは近くに魔物の臭いはしないと言ってるけど」
「白狼種の嗅覚ならば信用できますね。という事は地上には近くに敵はいないと考えていいでしょう」
ビャクの反応を見てナイは陸地の方からは魔物の臭いがしない事を伝え、残る問題は湖の中だった。クラーケンの時のように水中に魔物が潜んでいれば如何にビャクの嗅覚でも探る事はできず、頼りになるのはプルリンだった。
――スライムは力は弱く、普段は擬態能力で石や岩などに化けて身を隠している。しかし、彼等は優れた感知能力を持ち合わせており、人間では感じ取れない程の僅かな気配や魔力を感知して自分の脅威となる存在を探す。
船首に移動したプルリンは集中するように目を閉じると、しばらくの間は動かなかった。10秒ほど経過しても動きはなく、もしかして眠っているのではないかと思われた時、唐突にプルリンは飛び跳ねる。
「ぷるぷるぷるるんっ!!」
「うわっ!?」
「な、なんですか!?」
「これは……皆、気を付けて!!正面から何かが近付いてくる!!」
プルリンの反応を見て飛行船から正面の方角に敵が接近している事に気付いたナイは注意すると、プルリンは急いで船首から移動してナイの元に飛び込む。
「ぷるるんっ!!」
「ありがとう、プルリン。危ないからビャクの傍に居て……ビャク、ちゃんと守ってやるんだぞ」
「ウォンッ!!」
ナイがビャクにプルリンを託すと、その間に他の者たちは武器を構えて船の正面に注目する。最初に異変が起きたのは水面であり、大きな影が浮かんでくると水中から思いもよらぬ生物が飛び出す。
『アガァアアアッ!!』
「ワ、ワニ!?」
「違う、こいつらは……魔物だ!!」
水面から飛び出してきたのは巨大ワニであり、その体長は10メートルを超えていた。巨大ワニは甲板に乗り込むと、甲板に立っていた人間達を喰らおうと大きな口を開く。
『ガアアッ!!』
「うおおっ!?俺達を食う気か!?」
『ちっ……調子に乗るな、ワニ如きがっ!!』
顎が外れるのではないかと思う程に巨大ワニは大きく口を開き、そのまま甲板の上に立っていた人間を飲み込もうとした。それに対してマリンが杖を構えて迎撃しようとしたが、この時に彼女は口元を抑えて膝をつく。
『うぷっ……!?』
『むっ、どうしたマリン!?攻撃を受けたのか!?』
『違う、船が揺れたせいでまた気持ち悪く……』
「たくっ、何やってんだい!!さっさと下がりな!!」
船酔いの影響でマリンは戦う事ができず、仕方なく巨大ワニに対してテンが前に出るとランファンとルナも後に続く。船に乗り込んだ女性陣の中でも怪力が自慢の3人が前に出ると、彼女達は巨大ワニに対して武器を振りかざす。
「おらぁっ!!あんたはこれでも食ってな!!」
「でりゃあっ!!」
「ふんっ!!」
『アグゥッ!?』
テンが投げ飛ばした退魔刀が巨大ワニの口の上顎に突き刺さり、更にルナが戦斧を振り下ろして下顎に叩き付ける。ランファンは上下の顎に武器が刺さった巨大ワニに対して踏み込み、手にしていた棍棒を口に挟み込む。
3人の武器を口の中に押し付けられた巨大ワニは苦し気な表情を浮かべ、武器を抜く事も噛み砕く事もできない。それを見た双紅刃を振りかざし、止めの一撃を加えようとした。
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