最終章 《既に戦いは始まっている》

「ガロ君とゴンザレス君は何処にいるか知ってる?」

「え?ああ、それなら二人とも船の中よ。多分、医療室で眠っているんじゃないかしら?」

「眠ってる?」

「あの二人、実は昼間に湖に落ちて身体を冷やして体調を崩したの。だから今は眠っているんじゃないかしら」

「あの二人なら薬の効果でぐっすりと眠ってますよ。しばらくの間は起きないんじゃないですかね」

「そうなんだ……」



ナイはガロとゴンザレスに炎華と氷華の事を尋ねようと思ったが、その肝心の二人は昼間の騒動が原因で風邪を引いたらしく、今は医療室で安静しているらしい。イリアによれば二人とも症状は軽く、明日には完治するらしい。



「あの二人に用事があったんですか?」

「いや、別に大した事じゃないから……」

「お、おい!!これはなんだい!?」



会話の際中にテンの怒声が響き、何事かと全員が視線を向けると、彼女は調理中のクラーケンの頭部を見て焦った表情を浮かべていた。



「どうかしたのテンさん?」

「おっ、遂にテンも食べる気になったのか」

「違う!!そうじゃない、ここを良く見な!!」

「見ろって……何を?」



テンの言葉に他の者たちは不思議に思いながらも彼女の指差した方向に視線を向けると、全員が顔色を変えた。テンが指差したのはクラーケンの頭部であり、頭部をよくよく確認すると「鞭の紋様」が刻まれえていたのだ。


この鞭の紋様を扱う人間はしかおらず、このクラーケンは魔物使いのアンの契約紋が刻まれていた。それを知ったテンは怒りと困惑が混ざった表情を浮かべ、ルナとモモが手にしていた触手を掴んで噛み千切る。



「畜生!!あいつ、こんな場所にまで魔物を……」

「こ、これはいったいどういう事ですの!?」

「何故、魔物使いの契約紋が……」

「……罠、か?」



クラーケンの頭部に全員が集まり、紋様を確認すると全員が動揺を隠せない。何故、アンが契約した魔物が湖の中に潜んでいたのか、その答えは簡単に予想できた。



「どうやら思っていた以上に敵はやり手だったようですね……恐らく、アンはこの湖に飛行船が降りる事を予期してクラーケンを配置させていたんです」

「そんな馬鹿な!?どうして飛行船がここに降りる事を分かったんだい!?」

「いや……有り得ない話じゃない」



皆の話を聞いていたアルトは顔色を青くさせ、彼は湖の方に視線を向ける。実を言えばこの湖に飛行船が訪れる事は初めてではなく、過去に何度かこの湖に立ち寄った事がある事を話す。



「この湖は飛行船で移動する時、何度か立ち寄った事があるんだ。皆も覚えているんじゃないのか?」

「そういえばここ、確かに前に着た時も……」

「この湖の周辺は魔物は少なく、飛行船が襲われる危険性が低い。だからこそ近くを通った時はこの場所に船を停めて整備していたんだ」

「でも、どうしてそんな事をアンが知っているんだい!?情報が漏れたのかい!?」

「恐らくは報告書のせいだろう」



テンの言葉にシノビが会話に割り込み、彼もここにいた事をナイは初めて知る。忍者というだけはあって完璧に気配を消して隠れていたらしい。



「書庫に保管されていた資料の中にはかつてイチノやアチイ砂漠に赴いた時の飛行船の順路の記録も残されていた。アンはそれを確認し、我々が飛行船を利用した場合に備えて罠を配置していた」

「そ、そんな物があったのかい!?」

「それが事実だとしたら、これから向かう先にも罠が仕掛けられているかもしれない。しかし、まさかクラーケンまで従えさせているとは……どうやら僕らはとんでもない化物を相手にしているのかもしれない」



クラーケンを従えて湖に事前に配置させていたアンにナイ達は冷や汗を流し、本来は海で暮らす生物を湖にまで移動させて配置させたアンの行動力に驚かされる。


もしもクラーケンを退治する事ができなかったら飛行船は今頃は湖に沈み、ナイ達はアンを追いかける手段を失う。今回は偶々乗り越える事はできたが、今後もこのような罠が張り巡らされていた場合、決して油断はできない。



「……一先ずはこれまでムサシノに向かうまでの経路を見直す必要がある。この飛行船は湖や川にしか着水できない、だから次からは水棲の魔物の対抗策を用意しなければ……」

「そういう事なら私の出番ですね。魔物が近付けられないように細工でも施しますか」

「頼りにしているよ」



アルトとイリアはすぐに船に戻り、他の者たちも食事を切り上げて黙々と船の中へ戻る。先ほどまでは楽しく食事を味わっていたが、クラーケンが操られていた事が判明して魔物使いのアンがどれほど恐ろしい存在なのか改めて思い知らされる。



(罠、か……)



ナイは湖に視線を向け、これから飛行船が訪れる場所は罠の警戒を行わなければならず、不安を募らせていると彼の足元に近付く影があった。



「ぷるぷるっ!!」

「うわっ、プルリン?急にどうしたの?」

「ぷるぷるぷ〜る!!」

「……?」



突然に現れたプルリンは何かを伝えるように身体を震わせるが、ナイはその彼の行動の意図が分からず、首を傾げる事しかできなかった――

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