最終章 《イチノでは……》
――飛行船が出発した日、イチノに暮らすドルトンの元に久々にイーシャンは訪れた。彼が訪れた理由はドルトンが倒れたという噂を聞き、急いで駆けつけたのだが実際に来てみると彼が倒れたのは疲労が原因だった。
「全く、年を考えろ!!お前さんはもう若くないんだぞ、無茶をしやがって……」
「すまん……」
ドルトンが倒れた理由は仕事のやりすぎで疲れが溜まり、遂に耐え切れずに倒れてしまった。しばらくの間は絶対安静を命じ、彼のためにイーシャンは滋養効果の高い薬を渡す。
「ほら、これを飲め。一角兎の角から作った滋養強壮剤だ」
「助かる……ふむ、一角兎か」
「何だ?」
「いや……昔、ナイもよくこれと同じ薬を作っていたと思ってな」
「ナイか……あいつ、元気かな」
ナイとはドルトンは定期的に手紙のやり取りを行っているが、この間も飛行船がアチイ砂漠に向かう際に途中で彼が来てくれた。だから最近顔を合わせたばかりだが、彼の事を孫のように大切に想うドルトンとしてはナイが今頃何をしているのか気になる。
イーシャンもナイの事は息子のように大切に想い、彼が元気である事を祈る。その後は二人は雑談をしていると、扉がノックされて慌てた様子の使用人の声が響く。
『ドルトン様!!お客様です!!』
「客?いったい誰じゃ、こんな時間に……」
「悪いが追い返せ、今はこいつは身体を動かすわけにはいかないんだ」
『そ、それがどうしても直にお会いしたいらしく……』
「ふむ……何者じゃ?」
ドルトンは自分の元に尋ねに来た客が気にかかり、使用人に客の正体を問い質すと、思いもよらぬ人物が合いに来た事を知る――
――屋敷に訪れた客の正体を知るとドルトンはすぐに衣装を整え、イーシャンと共に応接室に赴く。訪れた人物は陽光教会のヨウとインであり、二人はドルトンとイーシャンが部屋の中に訪れると頭を下げる。
「お忙しい所、誠に申し訳ございません」
「いえいえ、顔を上げてくだされ。まさかヨウ司祭殿がここへ来られるなんて……」
「お久しぶりです」
「イン修道士も一緒だったのか」
ヨウとインが訪れるとドルトンとイーシャンは戸惑いながらも彼女達と向かい合うように座り、話を聞いてみる事にした。ただの客ならばともかく、この二人は陽光教会の人間でしかもナイの世話を見ていた二人でもあった。
ナイが陽光教会に保護された時、本来ならば忌み子である彼は他の人間と接触しないように隔離されて育てられるはずだった。しかし、ヨウが特別に彼を街の教会で保護してくれたお陰でナイは隔離されずに済み、ドルトン達と定期的に面会する事ができた。だからヨウはナイにとっては恩人でもあり、彼女に簡単な魔法を教わってもいた。
「ドルトン様は療養中と聞いておりましたが身体は大丈夫でしょうか?もしもきついのであれば遠慮なく申してください」
「どうぞ、こちらを……聖水です。これを飲めば身体も楽になるかと」
「おお、これは助かるのう」
「飲み過ぎには注意しろよ」
どうやらドルトンが療養中だと知っていたらしく、ヨウはインに用意させていた聖水が入った瓶を渡す。聖水は体力の回復を促す効果もあり、有難くドルトンは受け取ると、改めて彼は今回の用件を尋ねる。
「それで御二人が今回訪れた理由は?」
「また何かあったのか?例の予知夢か?」
「……はい、残念ながら」
「ヨウ司祭……」
イーシャンが渋い表情を浮かべてヨウに尋ねると、彼女は顔色を悪くしながら頷く。ヨウは生まれた時から「予知夢」と呼ばれる技能を身に着けており、彼女は夢で未来を見通す事ができた。
かつてヨウはナイがゴブリンキングに挑む夢を見た事があり、その夢を見ていたからこそヨウは陽光教会本部を説得し、彼を自分の元に置いた。そして夢の通りにナイはたくましく成長してイチノを守るためにゴブリンキングと戦った。
その後も彼に関する未来をヨウは見てきたが、大抵の場合はナイが命を賭けて戦う夢しか見た事がなかった。これまでにヨウが見た予知夢は実現し、幾度もナイは死にかけたがそれでも彼は過酷な運命を打ち破って生き延びてきた。
――しかし、ここ最近にヨウが見る予知夢は過去最大級の夢であり、彼女はナイが飛行船に乗って強大な魔物と対峙する姿を見てきた。その魔物は巨人族の何十倍もの体躯を誇り、このイチノを襲撃したゴブリンキングよりも恐ろしい存在に見えたという。
「ナイの身に危険が迫っています。近い将来、彼は人生最大の敵と戦う事になるでしょう」
ヨウの言葉にドルトン達は衝撃を受けた表情を浮かべ、この時にヨウはある予感がしていた。ナイの予知夢をこれまで何度か見てきたが、恐らくは彼に関する予知夢を見るのはこれで最後だと彼女は思った。
理由としてはヨウが見た予知夢の「敵」はこれまでにナイが戦った敵の中でも最大級の相手であり、これ以上の存在がこの世に居るとは思えない。つまりはナイがこの敵を打ち倒した時、彼に敵う存在はいない。つまりナイの人生で最大の敵が間もなく現れようとしていた――
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