最終章 《翻訳の技能》
魔物使いのアンは生まれた時から人族(人間以外の人種も含む)の言葉だけではなく、動物や魔物といった生物の言葉を理解する事ができた。正確に言えば言葉を交わせるのはある程度の知能を持つ生物だけであり、昆虫などとは言葉は交わせない。だが、犬や猫といった小動物でも意思疎通する事ができた。
この能力は「翻訳」と呼ばれる技能のお陰であり、彼女は生まれた時から翻訳の技能を持ち合わせていた。魔物使いの中には素質が高い人間は極稀に「翻訳」の技能を身につけて生まれる事があるが、彼女の場合は魔物使いの中でも特異な存在だった。
生まれた時から彼女は習ってもいない言語や文字を理解できるため、他の人間の子供よりも学習能力が高く、そして動物や魔物と言葉を交わす事で自分に従えさえる事ができた。彼女の魔物使いの才能が開花したのは父親の指導のお陰だが、その父親を越える才能をアンは生まれた時から秘めていた。
『お前は素晴らしい……その能力、この父のために生かせ』
『……はい、お父様』
アンの父親であるバートンは彼女の才能を高く買い、自分のために役立てるように命じる。しかし、アンはそんな父親の事を軽蔑していた。自分よりも能力が低い癖に自分に出来ない事を娘である自分に任せきりな彼にアンは愛想を尽かす。
『使えない男……もう学ぶ事は何もないわね』
魔物使いとしての術を学ぶためにアンはバートンに従っていたが、ある時に彼女はもうバートンに学ぶ事はないと判断し、孤児院の子供を脅して手紙を書かせた。その手紙の内容は助けを求める内容であり、彼女が手紙を送りつけたのは子供好きで有名な聖女騎士団の団長ジャンヌだった。
どうしてアンは自分で手紙を書かなかったのかというと、彼女は自分が書くよりも他の子供を怯えさせた状態で手紙を書かせる方が都合がいいと判断した。実際に精神が追いつめられた子供の書いた文字は臨場感を感じさせ、手紙を読んだ人間に違和感を抱かせる。結果的にはアンの予想通り、ジャンヌは手紙を見て内容を信じてくれた。
『あ、あの……言われた通りに手紙、書いたよ?これで許してくれる?』
『ええ、貴方が花瓶を壊した事は誰にも話さないわ』
『う、うん……でも、この手紙ってどういう意味?これを読んだら先生が悪い人みたいなんだけど……』
『貴女は知らなくていい事よ……そうそう、他の人に話したらどうなるか分かるわね?』
『ひっ!?ご、ごめんなさい、ごめんなさい!!』
アンは手紙を書かせる際に孤児院の中で一番臆病な女の子を選び、彼女ならば手紙の内容を知っても他の子に告げ口をするはずがないと確信していた。手紙にはバートンのこれまでの悪事を書かせたが、バートンの本性を知らない彼女は手紙の内容など信じず、アンの悪戯だと思い込む。
彼女が他の子に話す可能性あるが、それを阻止するためにアンは彼女の弱みを握っていた。孤児院にはアンの指示に従う動物がたくさん存在し、常日頃から女の子の様子を観察させていた。そして彼女が勝手にバートンの部屋に入って花瓶を割った事をアンは知っていた。
尤も花瓶を割った犯人は女の子ではなく、事前にアンはバートンの部屋に白鼠を待機させ、女の子が部屋に入ってきた時に花瓶を割った。事情を知らない女の子は勝手に花瓶が割れて戸惑い、慌てて逃げ出した。しかし、アンはそれを隠れ見ていたと嘘をついて女の子を脅して手紙を書かせる。
『こんな手紙で本当に騎士団が来るかは分からないけど……でも、そうなったら面白いわね』
アンは聖女騎士団にわざわざ手紙を送ったのは賭けであり、そして孤児院の元に聖女騎士団が本当に訪れた。しかし、ここで誤算だったのはバートンは街の警備兵とも繋がっており、聖女騎士団が迫っている事を知る。
『おのれ、どうやって嗅ぎつけた……今まで上手く隠れていたというのに!!』
『お父さん……どうするの?』
『ふん、心配するな。儂の邪魔者は何者であろうと排除する……この国の英雄だろうと関係ない』
バートンは迂闊にも娘であるアンにだけは聖女騎士団が迫っている事を知らせ、その話を聞いた時にアンは内心笑みを浮かべる。こうして父親は無謀にも聖女騎士団を迎え撃つための準備を行い、アンは彼と別れの時が近い事を悟った――
――昔の出来事を思い返しながらアンは父親に切られた片耳に手を伸ばす。バートンはアンを人質にして聖女騎士団を追い込もうとしたが、彼女達を脅す際に何の躊躇もなく彼は娘の耳を切り落とした。今でも切り落とされたはずの耳が痛む「幻肢痛」に苛まれ、アンは忌々し気な表情を浮かべる。
しかし、父親に片耳を切られた事に関してはアンは彼を恨む気はない。そもそもアンも父親を裏切った立場であり、この失った片耳は自由への代償だと彼女は考えていた。
「ふふっ……」
アンは机の上に王城から回収した二つの巻物を置き、更にそれとは別に古ぼけた巻物を取り出す。これはかつてアンがシノビ一族の隠れ里にて手に入れた代物だった。
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