最終章 《アンの幼少期》
――生まれた時からアンは彼女は他の人間にはない能力を持ち合わせていた。それはまだ習ってもいない言語や文字を理解する能力であり、しかも彼女の場合は人間以外の種族の言葉も理解する事ができた。
アンがまだ小さかった時、彼女には他の人間から距離を置かれていた。その理由は彼女は人間よりも動物と遊ぶ事を好み、孤児院で飼育されていた動物達は彼女に異様なまでに懐く。
『ねえ、見て……またアンの所に猫が集まっているわ』
『あの子、不気味よね……いつも動物とばかり遊んでる』
孤児院で暮らしていた子供達はアンの傍に常に動物がいる事に不思議に思い、何故か孤児院の動物達はアンによく懐いていた。正確に言えば懐くというよりも彼女の言葉に従い、まるでアンと心を通わせている様子だった。
『ちょっと、あんた……今日、この子の餌をやるのを忘れてたでしょ?』
『えっ!?いや、そんなはずは……』
『嘘を吐くんじゃないわよ!!この子が話してくれたのよ、あんたこの間も餌を出し忘れたって!!』
『な、何だよ!!急に怒鳴りやがって……』
『いいから謝りなさいよ!!この子、お腹を空かせてるのよ!!』
『クゥンッ……』
ある時にアンは孤児院で勝っている犬の世話役を任されていた男の子に怒鳴りつけ、彼女が暮らす孤児院では子供達が当番制で動物を飼育する事が決まっていた。しかし、彼女が話しかけた相手は子供達の中でも一番年上で気性が荒く、サボり癖のある少年だった。
『ほら、早くこの子に謝りなさいよ!!』
『う、うるさい!!お前、年下の癖に生意気だぞ!!』
自分よりもずっと年下のアンに怒鳴りつけられた少年は彼女の言葉に怒り、反射的に彼女を突き飛ばそうとした。しかし、少年が伸ばした腕にアンの傍に居た犬が彼女を守ろうと腕に噛みつく。
『ウォンッ!!』
『ぎゃあああっ!?』
『……ふん、いい気味よ』
『ちょっと、何の騒ぎですか!?』
犬に噛みつかれた少年は悲鳴を上げ、騒ぎを聞きつけた大人達が集まる。彼等の目にはアンの目の前で犬に噛みつかれた少年が泣きわめき、それを見た大人達は慌てて犬を引き剥がそうとした。
『こら、離れなさい!!』
『おい、引き剥がせ!!』
『どうしたんだ!?いつもは大人しいのに……うわっ!?』
『グルルルッ……!!』
無理やりに引き剥がされた犬は口元に血を滴らせ、まるでアンを守るように彼女の前に立つ。少年は危うく腕が引きちぎれかねない程の重傷を負い、この時の大人達はまるで犬がアンの指示に従っているように見えて不気味に思う――
――結局は少年を怪我させた犬は強制的に街の兵士に引き取られる事になった。アンは最後まで犬を庇おうとしたが、子供を襲った犬を孤児院で世話できるはずがなく、無理やりに連れていかれる。
『ほら、こっちに来るんだ!!』
『キャインッ!?』
『止めて!!その子は悪くないの、あいつが私を襲おうとしたら庇っただけなの!!』
『何を言ってるんだ、ほら離れなさい!!』
『いや、離してっ!!』
『いいから言う事を聞きなさい!!』
強制的に犬は兵士達に連れ出され、アンはそれを止めようとしたが他の兵士に取り押さえられる。しかし、この時にアンが兵士に捕まったのを見て犬が反応し、彼女を助けようとした。
『いや、離して!!助けて!!』
『ウォオンッ!!』
『うわっ!?こ、こいつ急にどうしたんだ!?』
『おい、離れろっ!!早く連れていけ!!』
まるでアンの言葉に反応するように犬は必死に抵抗し、兵士を振り払って彼女の元に向かおうとした。しかし、それをどうにか数人がかりで兵士達は抑え付け、無理やりに犬を連れていく。
今回は何も起きなかったが、この一件で孤児院の人間達もアンの「
――その日の晩、アンは孤児院の屋根裏部屋にて一人悲しく泣いていた。一番の友達だと思っていた犬が兵士に連れていかれ、彼女は悲しくて仕方なかった。
『う、ううっ……酷い、酷いよ』
『チュチュッ……』
『……鼠さん?』
一人で泣いているとアンは何処からか鼠の声が聞こえ、彼女が顔を上げるとそこには1匹の白色の鼠が立っていた。まるでアンの事を心配するように鼠は彼女の顔を覗き込み、そんな鼠の行動にアンは涙を止めて笑みを浮かべる。
『ねえ、鼠さん……私の友達になってくれる?』
『チュイッ……』
アンが人差し指を差し出すと、その指に鼠は手を重ね合わせた。普通の子供ならば鼠は恐れて逃げ出すだろう、だが鼠は彼女の言葉を理解するように従う。アンは気付いていなかったが、彼女の前に現れたのは「白鼠」と呼ばれる魔獣である事を――
――魔物使いのアンは生まれた時から動物と言葉を交わす事ができた。そして彼女が言葉を交わせるのは動物だけではなく、魔物とも言葉を交わす事ができると発覚したこの時が初めてだった。
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