最終章 《最悪の可能性》

「父上……もしも、あくまでももしもの話なのですが、仮に牙山に生息する魔獣をアンが従える可能性もあるのでは」

「……な、何じゃと!?」

「馬鹿な、そんな事は……!!」

「有り得ない、とは言い切れないのでは?」



アルトの言葉に玉座の間の人間達に衝撃が走り、確かに彼の言う通りにアンが牙山に生息する「牙竜」を従えさせる可能性もある。彼女は普通の魔物使いではなく、ネズミによると魔物使いの中でも特異な存在だとナイは聞かされていた。


牙山に封じられている妖刀を手にするためには牙竜の存在は無視できず、この牙竜をアンが従える事ができたとしたら彼女は大量の妖刀だけではなく、竜種という強大な戦力を味方につける事ができる。そうなった場合、最悪の事態に陥る。



「シノビ!!本当にお前達の故郷に牙竜が生息するというのか!?」

「間違いないかと……」

「で、ですが噂によると牙竜は竜種の中でも食欲旺盛でトロールのように大量の餌を食さなければならない生き物と聞いています!!どうしてその牙竜は牙山から離れないのですか!?」

「それは我々にも理由は分かりません。しかし、あの地には何か秘密が隠されている……もしかしたら牙山に妖刀が隠されているのは、牙竜に守らせるためかもしれませぬ」

「という事は……牙山に暮らす牙竜は、自然に住み着いたわけじゃなくて人為的に牙山を守るために残された竜種という事かい?そんな事があり得るのか……」



シノビの言葉にアルトは牙山に生息する牙竜は偶然に住み着いたわけではなく、何者かの意思で牙山から離れられないようにされたのではないかと考える。


この推測は絶対にあり得ないというわけではなく、例えばナイが王都に来たばかりの頃、魔獣が街中で暴れないように拘束具の魔道具をビャクに取り付けられた事があった。魔道具の中には魔物の行動を制限する種類の魔道具が存在し、それらを利用して牙山に牙竜が離れられないように拘束している可能性も否定しきれない。



「竜種を拘束する程の魔道具があるとは思えないが……だが、和国は妖刀を作り出す技術がある。それを応用すればもしかしたら……」

「……可能性はあると思います。かつて和国には腕利きの鍛冶師が揃っていました、彼等ならばもしかしたら竜種を制御する魔道具を作り出せたかもしれません」

「信じられん……しかし、その話が事実だとすれば辻褄は合う」



妖刀が封じられた地に都合よく牙竜が住み着くとは考えられず、しかも何百年も住処を変えずに暮らし続けているとすれば信憑性は増す。


だが、それが事実ならば牙山に生息する牙竜の元に魔物使いのアンが訪れるのは非常にまずい。もしもアンが牙竜を服従させる事に成功した場合、彼女は大量の妖刀と牙竜という恐ろしい戦力を手に入れる。



「なんとしても止めねばならぬ!!聖女騎士団の報告はまだか!?」

「今だに届いておりません……恐らく、アンは追って街を転々と回っているのでしょう」

「むむむっ……」

「落ち着いて下さい、父上。アンが王城に忍び込んでからそれほど日数は経過しておりません。奴が旧和国の領地に辿り着くまで時間はあります」

「そうですわね、どれだけ早い馬を用意したとしても王都からイチノまで移動するには一、二か月は掛かりますわ」

「……ただのの場合ならな」



アンが王城に忍び込んだ日数を考えればまだ彼女が旧和国の領地に辿り着いたとは思えない。しかし、彼女が仮に馬よりも早い生物を従えている場合、一刻の猶予もない。



「仮にアンが馬よりも早い魔獣を従えていた場合、聖女騎士団は追いつく事は不可能だろう。そうなると我々が動かねばなりません」

「し、しかし……どうすればいいのじゃ?」

「飛行船を使うしかないでしょう。あれならば数日で目的地へ辿り着けます。確実にアンよりも早く、旧和国領地に辿り着けます」

「おおっ、その手があったか!!」



バッシュの言葉に国王は納得しかけるが、ここで問題を思い出す。それは飛行船を運転できるハマーンはもう亡くなっており、彼以外に飛行船を運転できる人物は一人しかいない。



「兄上、飛行船を動かすのであれば僕の力が必要でしょう」

「……そうなるな」

「ま、待て!!アルトに飛行船を運転させるというのか?いくらなんでもそれは……」

「父上、僕以外に飛行船を運転できる人間はいません。どうかお任せください」



国王はアルトに飛行船を運転させ、危険な魔獣が住む地域に彼を派遣する事を躊躇する。しかし、彼以外に飛行船を運転する技術を持つ人間はおらず、ここは彼に任せるしかなかった。



「むむむっ……シノビよ、お主には色々といいたい事がある。しかし、これからアルトが向かう先はお主の故郷、つまりはお主の力を借りなければならぬ。いいか、くれぐれもアルトを危険な目に遭わせるのではないぞ」

「……誓います、我が命に代えてもアルト王子をお守りしましょう」

「約束できるか?」

「約束します」



シノビの言葉に国王はため息を吐き出し、仕方なく彼はアルトに飛行船の運転を任せ、そして和国の旧領地へ向かう面子を厳選した――

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