最終章 《親として》
「ナイ、もしもテンと会ったらあたしの言葉を必ず伝えておいてくれ。これ以上にアンを追うな、命が惜しければ手を引け……とね」
「伝えておいてくれって……ネズミさんはテンさんに会うつもりはないんですか?」
「今更どの面下げて会いに行けばいいんだよ。それにあたしも色々と事情があってね……今はあの子に会えないんだ」
「会えない?どうして?」
「……話しすぎたね、それじゃあ伝言は頼んだよ」
「ネズミさん!!」
ネズミはナイの最後の質問には答えず、彼女はそのまま立ち去ろうとした。それを止めようとナイは動いた時、大量の灰鼠が飛び出してナイとネズミの間に割って入る。
『チュチュッ!!』
「うわっ!?」
「あんた、あたしが犯罪者だって事を忘れてないかい?立場的にもあんたとあたしは敵同士……もう会う事はないよ」
「ネズミさん!!せめてテンさんと……」
「もう話す事はないよ……ああ、一つだけあた。テンによろしく伝えといてくれ」
一方的にネズミは別れを告げるとそのまま立ち去り、灰鼠達も周囲に散らばって逃げてしまう。残されたナイは慌ててネズミの後を追いかけるが、既に彼女の姿は見えなくなった――
――ナイと別れを告げた後、ネズミは下水道に移動していた。この場所ならば臭いで気づかれる事もなく、彼女はパイプを取り出して口元に運ぶ。
ネズミが王都に戻ってきた理由は先ほどナイに告げたようにテンの身を案じての行為だったが、実はもう一つだけ理由があった。それは彼女自身が死ぬ前に最後にテンを一目見たかったのだ。
「げほっ、げほっ……そろそろ、限界が近いね」
パイプを吸おうとしたところ、急に咳き込んだネズミはパイプを落としてしまう。この際に口元を覆った手に血が付着し、彼女は懐から「白面」を取り出す。
白面の暗殺者が身に着ける仮面をネズミは顔に押し込むと、しばらくの間は苦しそうな呻き声をあげるが、やがて仮面に取り付けられた解毒薬の効果が現れたのか楽になる。
「……あと、この仮面も何回持つかね……」
ネズミは仮面を取り外すと、口元から血を流しながら虚ろな瞳で虚空を眺める。彼女はナイに自分が生き延びた理由を語る時、実は一つだけ話していない事があった。その内容とは彼女の身体には「毒」が仕込まれている事だった。
シャドウはネズミを行かす条件として白面の組織の暗殺者が体内に仕込む毒を彼女に飲ませた。その影響でネズミは定期的に特殊な解毒剤を口にしなければならず、彼女は仮面を利用して毒の進行を抑える。
この解毒剤は白面の組織が管理しており、その白面が壊滅した事で解毒剤を手に入れる手段を失った。ネズミは白面の暗殺者が利用する仮面を付けて今まで生き延びてきたが、もう限界が近かった。
(格好つけずに助けを求めれば生き延びる事ができたかもね……けど、そんなのはあたしらしくない)
白面の組織が壊滅した後、白面の暗殺者は全員が捕まったが彼等の毒を完全に打ち消す解毒薬は既に開発されている。それを作り出したのはイリアであり、彼女は白面に所属する暗殺者が大人しく投降する事を条件に解毒薬を渡した。
ネズミも白面が壊滅した時に大人しく投降しておけば毒で身体を侵される事もなかったが、その場合だと彼女の存在は当然ながらにテンに知られてしまう。ネズミはもうテンに合わせる顔はなく、彼女に真っ当な道を生きて欲しいが故に姿を消した。しかし、結局は自分の死期を悟るとどうしてもテンの顔が見たくなって王都に戻ってしまう。
(これも悪党の宿命かね……あたしにはお似合いの最後さ)
目的のテンと会う事もできず、毒で蝕まれる身体にネズミは苦笑いを浮かべ、もう間もなく彼女は死を迎える。仮に今から解毒薬を飲む事ができたとしても老齢で弱り果てた彼女の肉体は持たず、死ぬ事は避けられない。
それでもネズミはナイに伝言を伝えられただけでも満足し、彼女は死が訪れる時までこの王都で過ごす事にした。儚い希望だが、もしかしたらテンの気が変わって王都に戻ってくるかもしれない。
今の自分はテンを追いかける事はできないが、テンが戻ってくれば一目会う機会が訪れるかもしれない。その希望を捨てずに彼女は最後の時まで生き延びる事を決めた――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます