異伝 《託された想い》

「ハマーンさんが……死んだ!?」

「……ああ、そうだ。ついさっきな」

「そんな……」



飛行船の医療室にてナイはガオウからハマーンが亡くなった事を知らされ、彼はベッドの上で横たわっていた。その姿はまるで眠っているようにしか見えないが、彼の周りには弟子たちが集まって泣いていた。



「親方……親方ぁっ……」

「師匠……」

「畜生、どうしてこんな……」

「ハマーンさん……」



ガオウの言葉と弟子達の姿を見て本当にハマーンが死んだのだと知ったナイは動揺を隠しきれず、その一方でガオウの方は暗い表情を浮かべながらもナイに伝える。



「いくぞ、坊主……こっちだ」

「えっ?」

「爺さんが死ぬ前にお前のために用意した物がある。付いてこい……早くしろ!!」



ナイはガオウの言葉に戸惑いながらも医療室を後にすると、船内のハマーンの工房へ辿り着く。ハマーンの工房には人はおらず、机の上には二つの大剣が置かれていた。



「これは……」

「お前の武器だ。爺さんはお前のために最後に仕上げてくれたんだよ」



机の上に置かれたのはナイの「旋斧」と「岩砕剣」だったが、二つとも完璧に磨き上げられていた。試しにナイが持ち上げると今まで以上に手元に馴染み、使いやすくなっていた。


旋斧と岩砕剣を手にしたナイはハマーンが死ぬ前に完璧に仕事を終えた事を知り、無意識に涙を流す。自分のために死ぬ前に完璧に仕事をやり遂げた彼の鍛冶師としての誇りを感じ取り、ナイは死んだ彼のためにもこの二つの大剣を手放さない事を誓う。



(ありがとう、ハマーンさん)



背中に大剣を背負ったナイは無意識に拳を握りしめ、そんな彼の様子をガオウは見届けると、無意識にガオウは窓の外を眺める。



(爺さん……あんたの事は忘れないぜ、一生な)



ガオウにとってハマーンは友人であり、同時に自分を指導してくれた冒険者としての先輩でもあり、そして親がいない彼にとっては父親のような存在でもあった。


ハマーンの死は多くの人間が悲しむだろうが、それでもガオウだけは知っていた。彼は死ぬときまで鍛冶師として生きて満足して死んでいったのだ。自分の望む通りに生きる事ができたのならばこれ以上に幸せな事はない。



(あばよ、爺さん)



ナイに武器を託した後、ガオウはその場を立ち去った。残されたナイはハマーンの工房でぼんやりと立ち尽くし、死んでしまったハマーンの事を思い返す。


長い付き合いだとはいえないが、ハマーンはナイにとっては最高の鍛冶師だった。彼に仕事の手伝いを頼まれる事も多く、何処となくアルと似ていた事からナイも彼に親近感を抱いていた。



「ハマーンさん……ありがとうございました」



これまで世話になった事を思い出したナイは感謝の言葉を告げ、彼の工房を後にしようとした。しかし、この時にナイの背中に背負っていた旋斧が僅かに反応する。



「えっ……?」



旋斧が震えたような気がしたナイは振り返ると、そこには倉庫という表札が嵌め込まれた扉が存在した。ハマーンの工房には別室に繋がる扉が存在し、そこを倉庫代わりに利用している。


嫌な予感を覚えたナイは倉庫の扉を開くと、大量の素材が保管された棚が並べられていた。棚は飛行船が浮上しても揺れたり倒れたりしないように固定されており、その内の一つは魔石の類を保管されている。


その棚はガラス戸が嵌め込まれているが、そのガラス戸を開いて中に侵入しようとする生物を発見した。その生物はかつてナイも見かけた「白色」の毛皮で覆われた鼠であり、数匹の鼠が魔石が収められた棚に入り込もうとしていた。



「なっ!?」

「キィイイッ!?」

「キィイッ!!」

「キキィッ!!」



鼠達はナイが入ってきた事に気付くと、棚の中に存在した魔石にしがみつき、鋭い前歯で嚙り付く。その光景を見てナイは顔色を青ざめ、棚の中には大量の火属性の魔石とマグマゴーレムの核が保管されていた。



(まずい!!)



恐らくは工房で仕事を行う時に利用する火属性の魔石を保管している棚に鼠が入り込み、魔石に嚙り付いて破壊を試みている。もしも魔石が一つでも破壊されれば爆発を引き起こし、他の魔石も誘爆を引き起こしてとんでもない事態を引き起こす。


魔石が破壊される前にナイは鼠達を始末しようとするが、鼠達はガラス戸が嵌め込まれた棚の中に入っており、刺剣の類を投げ込んでもガラス戸に阻まれてしまう。急いでナイは鼠達を棚から追い出そうと駆け出すが、既に鼠の一匹が魔石に罅が入る程に嚙り付いていた。



「キィイイイッ!!」

「くそぉっ!!」



鼠の刃物の如く鋭い前歯によって魔石に亀裂が走り、その亀裂の隙間から赤色の光が零れ落ちる。間もなく魔石が爆発する事を察したナイは背中の旋斧に手を伸ばす。

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