異伝 《この命が尽き果てようと……》
――飛行船に全員が戻ると、医療室に大勢の人間が訪れる。訪れた者達は目覚めたナイの身を案じるが、当のナイはイリアの薬のお陰で大分身体が回復していた。
「どうですか?私の作った滋養強壮剤は?」
「うん、身体が楽になったよ。この調子なら今すぐにでも戦えると思うけど……」
「あんまり無理をするんじゃないよ。それにあんたが付いて来たとしても武器がなければどうしようもないだろう?」
「あ、そうだ……ハマーンさんから伝言を頼まれてたんだ。ナイ君の武器はハマーンさんが打ち直してるそうだよ」
「旋斧と岩砕剣を?」
「ううん、ナイ君の装備全部だって」
ナイは言われてみて武器だけではなく、自分が身に付けていた装備品が全て無くなっている事に気付く。どうやらハマーンはナイが意識を失っている間に武具と防具を回収したらしく、彼は船内にある工房に籠ってナイの装備を全て打ち直しているらしい。
いつもならばナイが頼んだ時や、あるいは彼の方から頼んで来た時に装備を渡すのだが、今回はナイが意識を失っている間に無断でハマーンは彼の装備を回収した事になる。ハマーンの行動にナイは疑問を抱き、他の者たちも不思議に思う。
「あの爺さんが許可もなく勝手に持って行ったのか?」
「いくらこの国一番の鍛冶師だからって、それは横暴じゃないのかい?」
「確かにハマーンさんらしくないですね……」
「まあ、別に装備を強くしてくれるのならいいけど……」
ナイ本人は勝手に装備を持っていかれた事に関しては怒っておらず、自分の代わりに装備を強化してくれるのであれば文句はない。しかし、ハマーンの行動にガオウは疑問を抱き、彼はこっそりと医療室を抜け出す――
――ハマーンの工房では彼は作業に集中するために遂には他の弟子達さえも追い出し、一心不乱に鉄槌を振り下ろしていた。ナイの装備品の殆どは打ち直したが、残されたのは旋斧と岩砕剣だけだった。
旋斧も岩砕剣も伝説の鍛冶師が造り上げた代物だが、この時代にナイの元に渡るまでその名前は全く知られていなかった。しかし、この二つの魔剣は間違いなく歴史に名前を刻む伝説の聖剣に匹敵する武器だとハマーンは確信する。
(これほどの魔剣を鍛え上げるためにどれほど苦労した事か……羨ましいのう、儂も生きている間にこれほどの名剣を作り上げたかった)
ハマーンは王国一の鍛冶師として知られ、彼の作り出した武器や防具は一級品ばかりで大勢の武芸者が愛用している。しかし、それでも彼は自分が納得するだけの「魔剣」を作り上げた事はない。
魔剣の制作を行った事は一度や二度ではなく、ハマーンは何本か魔剣を作り出した事はある。しかし、それでも彼はロランの「双紅刃」やドリスの「真紅」リンの「暴風」他にもリーナの「蒼月」やナイの「旋斧」や「岩砕剣」といった魔剣と比べると見劣りしてしまう。
(儂にはもう時間は残されておらん……それならばせめて死ぬ前にこの二つの魔剣を鍛え上げ、歴史に名を刻む英雄に相応しい武器に仕上げねばならん)
もうハマーンには時間は残されておらず、作業中に何度も彼は咳き込んでは血を吐き出す。恐らく、この仕事を終えればハマーンは二度と鍛冶は行えず、これが正真正銘「鍛冶師ハマーン」の最後の仕事となる。
(悔いはない、ここまで生きてきた事がそもそも奇跡じゃ。だが、頼むから途中で力尽きるな……儂の身体よ)
鉄槌を振り上げる度にハマーンは次の瞬間には自分の心臓が止まってしまうのではないかと思い、それほどまでに彼の身体はもう限界に迫っていた。
それでもハマーンは作業を止めないのは鍛冶師として意地であり、彼は鍛冶師職人として最後の時まで仕事に向き合う事を決めていた。仮に死ぬとしても工房の中で死ねるならば後悔はない。
「…………」
そんなハマーンの様子を扉の隙間から伺う人物が存在した。その人物はガオウであり、彼はハマーンとは数年程度の付き合いだが、それでも彼の事は同じ冒険者として尊敬していた。
『なんじゃい小僧?その程度の腕で儂に武器を打てじゃと?10年早いわ!!』
『くそがっ……てめえ、本当に爺かよ?』
最初に出会った頃、ガオウはハマーンが鍛冶師でありながら冒険者稼業を行っていると知って気に入らず、彼に喧嘩を売った。しかし、結果は惨敗だった。それ以降、ガオウはハマーンを目の敵にしていた。
『小僧、今日も来たのか。懲りない奴じゃな……』
『うるせっ!!いいから勝負しやがれ!!』
『はははっ、分かった分かった。根性だけは一人前じゃな……よし、ではお主が儂に一度でも勝てたらお主のために武器を打ってやろう』
『はっ!?はあっ!?要るかよ、そんなもん!!』
『まあ、そういうな。ほれほれ、かかってこんか』
一方的にハマーンはガオウと約束を取り付けると、彼はガオウとの勝負し続けた。そしてある日、遂にガオウはハマーンに初めて勝利した時、彼は約束を果たすために傷だらけの状態で彼を工房へ招く。
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