異伝 《愛する人のためならば》
「シ、シノビ……」
「ほう……この命令を断るのであればお前はもう妹と結婚する事はできないぞ。それでもいいのか?」
「愛する者を失うぐらいであれば……例え、嫌われようと構いません」
「……そこまでの覚悟か」
仮に愛する人間を裏切る事になっても、その人の命が助かるのであればシノビは対立する事を辞さない。その彼の言葉にバッシュは感心し、リノの方も何も言えなかった。
昔のシノビならばバッシュの言葉に真っ先に従っていただろう。しかし、本当にリノを愛しているからこそ、彼はリノを危険に晒す様な真似はできず、例え一族の悲願を果たせなくなったとしても彼は構わなかった。
「おh注有りをここから先に通す事はできません……どうか、ご理解ください」
「気に入ったぞ、シノビ。貴様は忠臣だ……だが、俺も引くわけにはいかん」
「や、辞めて下さい二人とも!?」
互いに武器を構えたシノビとバッシュの間にリノが割込み、このままでは愛する人と尊敬する兄が戦うのを彼女は黙って見ていられなかった。しかし、そんな3人の後ろから慌ただしい足音が鳴り響き、思いもよらぬ人物が通り過ぎる。
「はいはい、そこを退いて下さいね〜」
「イリア!?どうしてお前がここに!?」
「いいから邪魔です!!さっさと退いて下さい!!」
「ま、待って〜イリアちゃん」
イリアは両手に木箱を構え、その後ろには大きな樽を抱えたモモの姿があった。イリアは先の戦闘の際中に船内に戻っていたらしく、医療室でナイの治療を行っていたモモを引っ張り出して自分の仕事を手伝わせている様子だった。
現在のモモはイリアの助手であるため、彼女の仕事を手伝わなければならない。イリアはモモを連れて事前に開発した兵器を用意し、バッシュ達を押し退けて甲板へ向かう。
「邪魔ですからそこを退いて下さい!!」
「あ、ああ……」
「す、すいません」
「おい、あっさりと道を開けるな」
シノビとリノが道を開くとバッシュはツッコミを入れるが、シノビとしてはバッシュとリノに立ち塞がったのはこの二人を危険に晒さないためであり、他の者は関係なかった。
イリアは助手のモモを連れて甲板へと移動すると、巨大ゴーレムの様子を確認する。現在は自分の周囲に集まった騎士達に攻撃を仕掛けており、足で踏み潰そうとしていた。
『ゴガァアアアアッ!!』
「うわっ!?」
「ひいいっ!?」
「こら、王国騎士が情けない声を上げるんじゃ……どひゃあっ!?」
「テ、テンも言ってるぞ!?」
巨大ゴーレムは巨体を生かして騎士達を踏み潰そうとするが、それを見たイリアは投石機の位置を確認し、モモが持って来た小樽型爆弾を載せて彼女に指示を出す。
「この角度だと当たりませんね。モモさん、少し動かしてください?」
「えっ……これぐらい?」
「そうそう、そんな感じです……ていうか、凄い力ですね」
イリアの指示を受けたモモは投石機の位置を調整するために持ち上げると、彼女の怪力にイリアは驚く。モモはヒナと共に小さい頃にテンに拾われて以来、身体を鍛えている。彼女の資質はテン曰く自分よりも上らしく、その怪力はルナにも匹敵するかもしれない。
巨大ゴーレムの位置と投石機の角度を確認したイリアは準備を行い、この時に彼女は自分が運んでいた木箱を置く。その中にはイリアが作り出した魔道具が詰め込まれ、彼女はガスマスクのような仮面を取り出す。
「よし、私も偶には魔導士らしく戦いますかね」
「えっ!?イリアちゃんも戦えるの?」
「まあ、魔導士と言っても私は回復魔法ぐらいしか取り柄がありませんが……」
仮面を取り付けたイリアは巨大ゴーレムに視線を向けると、仮面の目元の部分を操作する。実は彼女の身に付けた仮面は双眼鏡のような機能も搭載しており、巨大ゴーレムの観察を行う。
(あの巨大ゴーレム、炎を纏っていますけど戦い方は力任せですね。という事はゴーレムキングのように熱線を吐き出す能力はないようです)
ゴーレムキングの場合は火竜の吐息のように熱線を放つ事ができるが、今回の敵はあくまでも馬鹿でかいマグマゴーレムでしかなく、全身に炎を纏う行為は逆に言えば吸収した火属性の魔力を全身から噴き出す能力しかない事を意味する。
体内の魔力を口元に集中させる事でゴーレムキングは熱線を放てるが、マグマゴーレムの場合は全身に火属性の魔力を放出し続けている。これはつまり、自分の体内では吸収しきれなかった魔力を常に放出しているとも捕らえる事ができる。ならば熱線による攻撃を警戒しないで済み、攻撃に集中する事ができた。
(熱線を吐き出さないと言っても全身に炎を纏っているせいで水属性の魔法や冷水を浴びせても簡単に消えそうにありませんね)
巨大ゴーレムは全身に炎を纏い、その炎を掻き消さなければ生半可な威力の水属性の魔法や水では「火炎の鎧」を破る事はできない。しかし、その鎧を破る方法をイリアは既に用意していた。
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