異伝 《奥の手》 ※おまけ追加しました

「さあ、観念するんだ。君の負けだよ」

「ぐぅっ……」

「皆さん!!そいつが例の噂の魔物使いっす!!」

「魔物使いだと!?」

「まさか、ゴノを襲ったというあの!?」



エリナの言葉に事情を知らない者達は驚き、アルトもまさか王都で起きた殺人事件の犯人が魔物使いだとは思っていなかった。しかし、正体が知られたにも関わらずにアンは首を絞められながらも笑みを浮かべた。



「ふふっ……ひさし、ぶりね……」

「久しぶりだと?いったい何を言っている?」

「昔、貴女達に助けられた、事がある……」

「何を言って……いや、待てよ。まさか、バートンの娘か!?」

「アリシア!?どういう事だ!?」



アンの言葉にアリシアは驚いた表情を浮かべ、彼女の言葉に全員が視線を向けると、レイラはアンを確認して昔の事を思い出す。バートンを捕縛した時、たった一人だけ生き残った女の子の事を皆に語る。


レイラはバートンを捕縛した時に現場には居合わせなかったが、彼を王都へ移送された際にアンを王都の孤児院に送り届けたのは彼女だった。その少女の顔とアンの顔が重なり、後に彼女が孤児院から消えたという話を聞いた。



「まさか、貴女が……!?」

「お察しの通り、私はあの男の娘よ」

「何だと……うあっ!?」

「レイラ!?」



アンの首を掴んでいたレイラが悲鳴を上げ、何事かと全員が視線を向けると彼女の腕には白色の鼠が噛みついていた。この鼠は最初からアンの傍に控え、レイラがアンに拘束した時も彼女の服の中に隠れていた。


自由を得たアンは矢が突き刺さっていない方の手を口元に寄せ、親指と人差し指を咥えた状態で口笛を吹く。その行動を見て全員が警戒するが、アルトが彼女に告げる。



「無駄だ!!魔物を呼び寄せようと考えているのなら僕のドゴンが相手になるぞ!!」

「ドゴォオオオンッ!!」



ドゴンはアルトに名前を言われると再び大声量の鳴き声を上げ、その声を聞いた者達は耳を塞ぐ。仮にアンが再び鼠型の魔獣を集めようとしてもドゴンが居る限り、魔獣達は怯えて彼女の元に近寄れない。


口笛を吹くのを止めたアンは冷や汗を流し、もう彼女に逃げ場はなかった。レイラもアリシアも相手の正体がゴノを襲撃した魔物使いであり、そしてあのバートンの娘ならば見逃すつもりはない。



「大人しく拘束しろ。抵抗する様ならここで斬る!!」

「さあ、両手を上げなさい」

「…………」



レイラとアリシアの言葉にアンは無言のまま周囲を見渡し、下の階にはアルトとドゴンと弓を手にしたエリナが待ち構え、二階はレイラとアリシアがいるために逃げ場はない。


窓から逃げ出すという手もあるが、下手に逃げようとすればレイラとアリシアは容赦なく斬りかかるだろう。エリナも何時でも矢を放てる準備を整えており、《自力》では脱出は不可能な状況だった。



「どうやら私の負けの様ね……」

「大人しく投降する気になったのかい?」

「いいえ、違うわ。負けといったのは……無傷で逃げ切る事はできないという意味よ」

「何だと?」



アンは懐に手を伸ばすと、その行為に全員が身構える。しかし、予想に反して彼女が取り出したのはパイプだった。パイプを取り出したアンはそれを眺め、アルトの方に投げ渡す。



「父の遺品よ、あげるわ」

「何?」

「アルト王子!!それに触れちゃ駄目っす!!」



投げ渡されたパイプをアルトが受け取ろうとした時、エリナが慌てて空中に浮かんだパイプを矢で弾く。するとパイプから煙が噴き出し、建物内に充満していく。



「うわっ!?」

「きゃあっ!?」

「な、何だこれは……!?」

「しまった……魔道具か!?」



アンが取り出したパイプはただのパイプではなく、恐らくは内部に粉塵と風属性の魔石の類が仕込まれ、大量の煙を噴き出す。そのせいでアルト達は視界を封じられ、一瞬ではあるが隙が生じる。


煙が発生した瞬間に窓が割れる音と、建物全体に振動が走った。煙のせいで何が起きているのか分からないが、この時にドゴンの悲鳴が上がる。



「ドゴンッ!?」

「ウオオオオッ!!」

「な、何だっ!?」



煙の中からドゴンの他にゴーレムらしき鳴き声が響き渡り、凄まじい衝撃音が発生してドゴンの巨体が建物から押し出される。建物の前に集まっていた住民達は悲鳴を上げて逃げ出すと、今度は煙を振り払って漆黒のゴーレムが出現した。




――グツグ火山にてナイが倒した「新種ゴーレム」と同種のゴーレムが姿を現し、どうやら地下から出てきたのかその身体には土砂がこびり付いていた。先ほどのアンの口笛は地下に隠れていたを呼び出したらしい。




ドゴンを殴り飛ばしたブラックゴーレムは全身の土を振り払い、改めてドゴンと向き合う。ドゴンも自分を殴り飛ばしたブラックゴーレムを睨みつけ、戦闘を開始した。







※おまけ


今回は最初の頃に思い描いていた物語の構想を明かします。物語の流れのせいで設定変更を余儀なくされたキャラクターの紹介です。



――ロラン――


王国の大将軍にして猛虎騎士団の団長を務める最強の戦士。第一部の物語の黒幕だった宰相の息子であり、本来であればナイと戦うとして作り出したキャラクターでした。


この物語はナイが「英雄」に至るまでの過程を描くため、英雄になるには強大な敵と戦う必要があり、その相手こそが王国最強の大将軍にしようかと考えました。ロランはナイの超えるべき敵として作り出されたキャラクターです。


しかし、思っていた以上にロランの出番が遅くなり、それに黒幕である宰相やその弟の方が存在感が大きくなっていき、結局はロランの代わりに「リョフ」という古の武人を復活させてナイと戦う形になりました。作者的にはリョフも気に入っているのでこれはこれで良かったと思います。


ロランとナイとの戦闘は本来は第一部の最後の戦いになる予定でした。今現在の彼は心強い味方ですが、もしもこの二人を戦わせる機会があればとんでもない事になりそうです。




――イリア――


物語的には宰相の部下として暗躍していたイリアでしたが、実際の所は宰相を操っているのが彼女で最終的には宰相を出し抜き、ラスボスとして出す予定でした。ロランの場合はナイが「英雄」になるための最後に戦う敵だとしたら、彼女は裏切り者としてナイを追い詰める「悪役」として描くつもりでした。


ナイがロランを倒した後、彼の仲間がイリアを追い詰めて彼女を捕まえて物語終了する……という流れもありました。しかし、作者の予想に反してこのキャラクターは好き勝手に動くので結局は断念しました(笑)


今思えばイリアは味方の方がコミカルで楽しく書けるキャラクターですが、敵だったら一番最悪な存在になりそうです。




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