異伝 《ドゴン》

――思いもよらぬ訪問者に誰もが呆気に取られ、アンでさえも宿屋に入り込んできた「ドゴン」を見て目を丸くする。彼女はこれまでに様々な魔物と出会ってきたが、こんな姿形をした存在は見た事がない。


ゴーレム種と非常に似通っているが、全身が岩石や溶岩や煉瓦ではなく、青色の金属で構成されたゴーレムなど見た事がない。当たり前と言えば当たり前の話であり、ドゴンはただのゴーレムではなく、遥か昔に人の手で作り出された「人造ゴーレム」である。



(何よ、こいつは!?)



始めて見る人造ゴーレムにアンは愕然とするが、他の者たちは違った。人造ゴーレムのドゴンはこの王都では有名な存在であり、時々アルトが付き従えている。しかし、最近に王都に訪れたばかりのアンはドゴンの存在を知らなかった。



(この子は確かアルト王子の……という事は!?)



ドゴンが宿屋に入り込んだのを見てアルトの仕業だとヒナはいち早く気付き、彼女はエリナに顔を向けた。エリナはドゴンを見て唖然としていたが、そんな彼女にヒナは声をかける。



「エリナちゃん、撃って!!」

「えっ!?」

「早くっ!!」



エリナはヒナの言葉に驚いたが、すぐに彼女は階段を見上げてアンに視線を向けた。アンもヒナの言葉を聞いて目を見開き、すぐに彼女は指を鳴らそうとした。しかし、その前にエリナが弓矢を構えて矢を放つ。



「させないっす!!」

「うあっ!?」



アンが指を鳴らす前にエリナは矢を放つと、彼女の右手の甲を矢が貫き、アンは悲鳴を上げて右手を抑える。これで彼女は右手で指を鳴らす事ができず、その隙を逃さずにエリナは次の矢を構えようとしたが、隠し武器である弓矢は1本分しか矢を持ち合わせていなかった。


右手が封じられたアンは痛みを堪えながらも左手で指を鳴らそうとしたが、この時に宿屋の出入口に入ってきたドゴンが目を輝かせ、アンが左手を鳴らす前に声を張り上げる。



「ドゴォオオオンッ!!」

「うあっ!?」

「ひいいっ!?」

「み、耳がぁっ!?」



ドゴンが叫んだ瞬間、あまりの声量に全員が咄嗟に耳を閉じた。その声は建物中に響き渡り、白猫亭だけではなく周辺の家の人間も目を覚ます。



「な、何だ今の声は!?」

「ど、何処からだ!?」

「うわっ、白猫亭の扉が壊れているぞ!?」

「大丈夫ですか!?」



白猫亭に目を覚ました街の住民が駆けつけ、彼等は宿屋の異変に気付いて驚いた声を上げる。一方でアンの方はドゴンの大声で耳が遠くなり、同時に各部屋に待機させていた鼠達が逃げ出した事を知る。



(しまった!!今の馬鹿でかい声で鼠共が……!?)



アンの支配下にあった鼠達は部屋の中で待機していたが、先ほどのドゴンの声を聞いて驚いて逃げ出してしまった。鼠型の魔獣は臆病で強い音を聞いただけで逃げ出してしまう。


そもそも先ほどのドゴンの鳴き声で宿屋で宿泊していた客も目を覚まし、部屋の中にいる魔獣に気付いたはずだった。力が弱い鼠方の魔獣では眠っている相手の寝首を搔かなければ相手を殺す事はできず、アンが人質にしていた人間達は解放された。



「くそっ!!」

「おっと、何処へ行く気だ?」

「うわっ!?」



上の階に逃げ出そうとしたアンだったが、いつの間にか何者かが彼女の背後に周り、彼女の首を掴んで持ち上げた。その人物は眼帯をした女剣士であり、その隣にはレイピアを手にした女性も立っていた。



「残念だったな、もうお前に逃げ場はない」

「観念しなさい」

「がはぁっ!?」

「レイラさん!!アリシアさんまで……」

「うえっ!?せ、先輩達何時の間に来てたんですか!?」



聖女騎士団に所属するレイラとアリシアがアンを拘束し、彼女達を見たヒナとエリナは驚く。レイラはアンの首元を締め付けながら状況説明を行う。



「見回りの途中、ドゴンを連れて散歩していたアルト王子とさっき会ってな。そして路地裏で大量の鼠の死骸と、白猫亭にまで続く血痕を発見した」

「路地裏?血痕?」

「それって俺達の……」



レイラの話によると聖女騎士団が夜の街の見回り中、彼女達はアルトと偶然に遭遇した。アルトはドゴンの散歩で偶々街の外に出向いていたらしく、聖女騎士団と合流したのは偶然だった。


アルトと遭遇した後、聖女騎士団は路地裏にて大量の鼠の死骸を発見した。この鼠の死骸はガロとゴンザレスが倒した魔獣の死骸であり、二人は路地裏から抜け出した時に酷い怪我を負った。しかし、そのお陰で二人の身体から流れる血痕を辿ってアルト達は白猫亭に辿り着く。


白猫亭に続いている血痕を確認してアルトは只事ではないと判断し、表向きは平然な態度を保ちながら白猫亭にいるはずのヒナを呼び出す。そして彼女が不自然に普通な態度を貫き、自分の事を「さん付け」して呼んでいる事にアルトは異常事態が発生している事に勘付いた。



「やあ、君が今回の事件の黒幕のようだね。初めまして、僕はこの国の王子のアルトだ」

「っ……!?」

「アルト!!」



アルトが姿を現すとアンは首を絞められた状態でも睨みつけ、ヒナはいつも通りに彼に「王子」と付けて名前を呼んだ。そんな彼女にアルトは笑みを浮かべ、改めてレイラに拘束されたアンと向き合う。

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