異伝 《予想外の訪問客》

「……店主、出てあげなさい、但し中に入れては駄目よ。もしも中に入れたら人質がどうなるか分かってるわね?」

「は、はい……」

「他の人間は下がっていなさい。もしも声を上げたり、変な行動をすれば……どうなるか分かってるわね?」

「くそがっ……」



アンの指示に全員が従い、エリナとクロエはガロとゴンザレスを引っ張って出入口から離れさせる。ヒナは扉に手を掛けると、緊張した面持ちで扉を少し開いて訪れた人物を確認した。



「やあ、ヒナ君。良かったよ、まだ起きてたんだね」

「ア、アルト……

「ん?どうしたんだい、顔色が悪いようだが……」



白猫亭に訪れたのはアルトだと判明し、彼がこんな時間帯に訪れるのは初めての事だった。アルトはヒナの顔を見て不思議そうに首を傾げ、具合が悪いのかと心配する。



「ヒナ君、顔色が悪いようだが大丈夫かい?風邪でも引いたのか?」

「い、いや……ちょっと、仕事のし過ぎで疲れが溜まってて……」

「それはいけない。君は経営者で忙しいのは知っているが、偶には休まないと身体を壊すぞ。そうだ、もしよかったら今度ナイ君達と共に旅行に行かないかい?」

「そ、そうですね……考えておきます。ありがとうございます、

「……ああ、考えておいてくれ」



二人は他愛もない話を行い、表面上は普通に接する。しかし、ヒナは後ろからアンの視線を感じ、もしもアルトを白猫亭の中に入れたら全員の命が危険に晒される。



「そ、それでアルトさん。どうしてこんな夜にうちの店に?」

「いや、本当に大した用事じゃないんだよ。ほら、兄上と姉上が言ってしまったせいで二人の行っていた仕事まで僕がやらされるようになってね。やっと仕事が終わったからちょっと息抜きがてらに飲み来たんだが……」

「ご、ごめんなさい。うちの酒場はもう営業時間を過ぎてますから……」

「そうか、まあこんな夜中に来たのは流石に非常識だったね。すまなかった、また今度寄らせてもらうよ」

「え、ええ……」

「それじゃあ、おやすみなさい。ヒナ君も夜更かしはほどほどにするんだぞ」



アルトはヒナに別れを告げると、彼女は安堵して扉を閉めた。一部始終を確認していたアンは「アルト」という名前に聞き覚えがあり、彼女は何者かと問い質す。



「さっきの男、アルトと呼んでいたわね。まさか、あの男が例の噂の「破天荒王子」かしら?」

「え、ええ……あの方がアルト王子様です」

「そう……貴方、王子とも関係を持っていたの?大した人脈ね、それとも王子の愛人かしら?」

「そ、そんな恐れ多い事……!!」



親し気にアルトと会話をしていた事からアンはヒナと彼の関係を勘ぐるが、実際の所はヒナとアルトはそんな関係ではない。そもそもアルトは顔立ちが整っているので非常にモテるが、本人はあまり恋愛事に興味はない。


改めてアンは他の者たちに視線を向け、アルトが訪れたせいで話を途中で切り上げたが、アンとしてはここでガロとゴンザレスを殺さなければならなかった。



「さあ、もう茶番はお終いよ。エリナ、その男達を殺しなさい」

「うっ……」

「早くしなさい、逆らうようなら今すぐに客を殺すわよ」

「や、止めてっ!!」



アンはこれみよがしに右手を伸ばすと、ヒナは悲鳴を上げた。このままではガロとゴンザレスが死ぬか、あるいは白猫亭の客全員が死ぬか、どちらにしても状況は最悪である。


エリナは背中に隠し持っていた弓矢を取り出し、彼女は震える腕で矢を弦に番えた。それを見たガロは歯を食いしばり、憎々し気に睨みつけるアンを睨みつける。一方でゴンザレスの方は覚悟を決めた様に瞼を閉じた。



「くそ女がっ……!!」

「……ここまでか」

「さあ、殺しなさい……早く!!」

「うっ……」

「駄目!!」

「や、止めなさい!!」



エリナは震える腕で弓矢を構えると、緊張した表情で矢を引く。その様子をアンは笑みを浮かべて見つめていると、ここで思いもよらぬ事態が発生した。




――ドゴォオオオオンッ!!




白猫亭の外から突如として奇怪な鳴き声が響き渡り、全員が何事かと扉に視線を向けた。アンでさえも呆気に取られて何が何だか分からず、扉の近くにいたヒナは声を聞いた途端に無意識に口にする。



「こ、この声……まさか、ドゴンちゃん!?」

「ドゴン?誰よそれは……」

「えっと、誰というか……」



アンはドゴンという名前に疑問を抱き、ヒナの知り合いなのかと思ったが、この時に扉の外側から強い衝撃が走った。あまりの衝撃に扉が凹み、慌てた様子でアンは立ち上がる。



「今度は何よ!?」

「ま、待ってください!!私は何も……」

『ドゴーン!!』



扉の外側から鳴き声が響き、今度は扉の鍵が破壊されるほどの衝撃が走った。そして建物の中に入ってきたのは全身が青色の水晶のように光り輝く人造ゴーレム「ドゴン」だった――

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