異伝 《その頃の王都では》
――時は少し前に遡り、グマグ火山にて討伐隊が出向いた日の晩に戻る。白猫亭の刑を任されているヒナは今月の売り上げを確認していると、クロエが訪れて彼女に珈琲を渡す。
「ヒナちゃん、お疲れ様」
「あ、クロエさん……ありがとうございます」
「やっぱり、モモちゃんがいないと寂しいわね」
いつもならばナイがいないときはモモはヒナの傍に居るのだが、彼女が出て行ってから戻ってこず、その事にヒナは少しだけ怒っていた。
(全く……ナイ君と一緒に居たいならちゃんと自分の口で言いなさいよ)
モモがナイの役に立つためにイリアの助手になった経緯はアルトから聞かされており、彼女が自分に話を通さなかったのは反対されると判断した上での行動だとヒナは見抜いていた。
仮にヒナがモモから話を聞かされていたら反対しただろうが、それでもモモがどうしても行きたいというのであれば彼女もモモの事は止めなかった。それでも勝手に出て行ったせいでヒナはモモの分の仕事も行う羽目になり、戻ってきたら説教をするつもりだった。
(もう私達も子供じゃないのよ……いっその事、ナイ君を白猫亭で雇おうかしら)
ナイが白猫亭で働く事になればモモも喜んで一緒に働くだろうが、仮にも国の英雄を一宿屋の従業員として雇い入れるなど出来るはずがない。ヒナはクロエが用意してくれた珈琲を飲んで落ち着こうとした時、不意に外が騒がしい事に気付く。
「ん?なにかしら……」
「変ね、こんな時間帯にお客さんが来るとは思えないけど……」
宿屋の入口の方が騒がしい事に気付き、既に時刻は深夜を迎えている。この白猫亭には聖女騎士団の団員が用心棒としているため、何か問題があれば知らせに来るはずだった。
(こんな時間に誰か来たのかしら?でも、心当たりはないけど……)
深夜の時間帯に白猫亭に訪れる非常識な知り合いはおらず、ヒナは酔っ払いでも騒いでいるのかと思ったが、廊下から誰かが走ってくる足音が鳴り響く。
「た、大変っす!!」
「エリナさん!?」
「どうかしたの!?」
白猫亭の用心棒として宿屋に待機していた「エリナ」がノックもせずに部屋の中に入ってきた。彼女は聖女騎士団の団員で弓の名手であり、エルマを除けば彼女が騎士団一の射手と噂されるほどの実力者だった。
エリナは討伐隊に参加せずに白猫亭の警備を任され、宿屋で揉め事が怒れば彼女が対処する。しかし、今回の彼女は何故か焦った表情で廊下の方を指差し、とんでもない事を告げた。
「あ、あの!!エルマさんが……いや、エルマさんの世話になっているマホ魔導士の……」
「ど、どうしたの?」
「落ち着きなさい、何があったの?」
「と、とにかく!!こっちに来てください、怪我人がいるんです!!」
「怪我人!?」
エリナの言葉にヒナとクロエは驚き、二人は急いで部屋の外へ出ると宿屋の玄関へ向かう。そして玄関の前で血塗れの状態で倒れているガロとゴンザレスを発見した。
「えっ!?この人達、確かにマホ魔導士のお弟子さん!?」
「そ、そうなんです!!エルマさんとも仲が良い御二人ですよね!?」
「ひ、酷い怪我だわ……すぐに治療しないと!!誰か、薬箱を持ってきて!!」
「ううっ……」
「…………」
ガロの方は呻き声を漏らすが、ゴンザレスの方は身動き一つせず、それを見たクロエは慌てて二人の様子を伺う。ヒナも慌てて二人の元に駆けつけ、エリナは指示された通りに薬箱を運び込む。
「酷い怪我だわ……いったい何があったの?」
「ゴンザレスさん!!しっかりして!!」
「ちょっと、生きてますか!?返事をしてくださいっす!!」
「……う、うるせえっ……」
「ぐうっ……」
3人が声をかけるとガロとゴンザレスは瞼を開き、二人とも酷い重傷だったが意識はある様子だった。それを確認したヒナは安堵するが、ここで彼女は二人の身体を確認して違和感を抱く。
(何?この傷……咬まれた?)
ガロもゴンザレスも身体のあちこちに無数の小さな鼠に噛みつかれたような傷跡が存在し、そこから血が滲んで止まる様子がない。慌ててヒナはエリナにお湯が入った桶と綺麗な布を用意させ、傷口の消毒から行う。
傷口を消毒した後に薬草の粉末を塗りつけ、その上に包帯を巻く事で応急処置を行う。本当は回復薬の類があれば良かったのだが、生憎と白猫亭に備蓄はなく、ひとまずは応急処置を済ませて二人に話を聞く。
「いったい何があったの!?」
「くっ……油断した、まさか
「ううっ……血が足りない、肉を持ってきてくれ」
「お肉!?お肉が食べたいんですか!?」
「駄目よ、まずは治療が先よ!!誰か薬師か治癒魔導士を呼んでこないと……」
「薬師……こんな時にイシさんがいれば」
ヒナはクロエの言葉を聞いて真っ先に思いついたのは2年前まで王城で働いていた薬師の「イシ」を思い出す。彼はイリアの師匠であり、2年前に宰相の悪事を暴露した人物でもある。宰相が亡くなった後は彼はこれまでの悪事を償うため、監獄に送り込まれた。
※イシがイリアのように許されなかったのは本人の意思です。
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