異伝 《イリアの推理》

会議を終えた後、イリアは思うところがあって医療室に戻ると、ナイのベッドにモモとリーナが入り込んで一緒に眠っている姿を見る。



「う〜ん……ナイ君、くすぐったいよう」

「ナイ君、あったかい……」

「うう〜んっ……」

「全く、こんな時に呑気な人たちですね」



ナイは二人に抱きつかれて少し苦しそうな表情を浮かべ、その様子を見届けたイリアは呆れた表情を浮かべる。この時に彼女はナイのベッドの横に置いてある机に視線を向け、そこにはナイの装備が並べられていた。


彼女はナイの所有物である魔法腕輪を手にすると、彼女は魔法腕輪に嵌め込まれた「煌魔石」を取り外す。この煌魔石はイリアとモモが協力して作り出した代物だが、何故か魔石に僅かに罅割れが入っていて現在は使い物にならない。



(この罅割れ……自然にこうなったとは考えにくいですね)



煌魔石を製作する際、イリアは間違いなく状態確認を行った。その時は煌魔石に罅割れなど存在せず、魔力が漏れていたとは考えられない。しかし、現実に煌魔石に罅割れがあったせいでナイは思わぬ大怪我を負う羽目になった。


仮に煌魔石が万全の状態ならばナイは完全に魔力を回復させ、マグマゴーレム如きに後れを取る事は有り得なかった。問題があるとすれば煌魔石がどの段階で壊れていたかであり、少なくともイリアが確認した時は煌魔石に罅割れていなかったのは間違いない。



(ナイさんが戦闘中に誤って煌魔石を壊した可能性もありますが、それにしては他の魔石が無傷なのが気にかかりますね)



ナイの魔法腕輪には煌魔石以外にも各属性の魔石が嵌め込まれており、これらの類は一切の傷がなかった。仮に煌魔石が戦闘の最中に罅割れた場合、同じく魔法腕輪に嵌め込まれていた魔石が無傷なのがイリアは違和感を抱く。



(この煌魔石を私がモモさんに渡したのは昨日の出来事……その間、モモさんが管理をずさんにして煌魔石に罅が割れた可能性もありますけど、大好きなナイさんに渡す代物をいい加減に管理するとは思えませんね)



モモの性格を考えたらナイに渡す大切な煌魔石を雑に扱うはずがなく、少なくとも彼女がナイに煌魔石を渡した時は罅割れが入っていたとは気づいていなかった。しかし、イリアが管理していた時とナイが戦闘で煌魔石を壊していなかった場合、煌魔石が壊れた時間帯はモモが管理していた時としか考えられない。



(モモさんは私の仕事を手伝いを終えた後、自分の部屋に戻ったはず……そういえば昨日、モモさんが気になる事を言ってましたね)



イリアは昨日のモモとのやり取りを思い返し、彼女はイリアの仕事を手伝う時に妙に欠伸をしていた。それが気になったイリアはモモに眠いのかと尋ねた。



『さっきから欠伸ばっかりしてますけど、昨日は遅くまで起きてたんですか?』

『うん……昨日、夜に起きちゃったんだよね。部屋の中で変な音がして起きてみたんだけど、別に何もなくて……』

『音?』

『えっとね、何か鼠みたいな鳴き声が聞こえた気がするの。でも、部屋の中を見ても何もいなくて……』

『鼠、ですか』



話を聞いた時はイリアはまだ鼠の魔獣の件は知らず、その時は特に気にした事はないが、今考えればモモが聞いた鼠の鳴き声は例の「魔獣」の可能性が高い。


モモの部屋に魔獣が侵入したとすれば煌魔石が壊れた原因は魔獣の可能性もあり、モモが眠っている間に魔獣が彼女の煌魔石に嚙り付いて細工を施した可能性がある。



(まさか魔獣が煌魔石を破壊しようとした?でも、どうしてそんな事を……)



食べ物の類ならばともかく、モモが持っていた煌魔石に魔獣が嚙り付く理由が分からず、これも魔獣を使役する魔物使いの仕業なのかとイリアは考える。もしかしたら魔物使いはナイが使用する煌魔石を破壊する事で彼を追い詰めようとしたのかと思った。


だが、疑問があるのはどうして魔物使いはナイが煌魔石を利用するのを知っていたかであり、そもそもモモが飛行船に乗り込んできたのは偶々彼女がナイの役に立ちたくてイリアの手伝い役を申し出たからであり、その事をどうして魔物使いが知っているのかと理由が分からない。


仮に魔物使いがナイが使用している煌魔石の製作はモモが行っていると知っていたとしても、彼が煌魔石を受け取る時期は分からない。昨日のうちにナイが煌魔石を受け取ったのは偶然であり、偶々ナイが所有していた煌魔石が魔力が切れかかっていたので交代したに過ぎない。



(敵の目的はナイさんの煌魔石だった?いや、何か腑に落ちませんね……魔石、傷つける……魔石?)



イリアはあと少しで魔物使いの真意が掴めそうな気がしたが、手がかりが足りない。いくら考えても今の段階では何も分からず、彼女はとりあえずは魔獣の探索を行う人間の報告を待つ事にした――

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