異伝 《恵みの雨》
「――とまあ、息込んだ割には何事もなく帰ってきたんですね」
「うむ……今思うと、恥ずかしい台詞を言ってしまった」
「ろ、老師……」
1時間後、討伐隊は無事に何事もなく飛行船へと帰還し、船内の医療室にてイリアはマホから報告を受けた。ナイと他の負傷者に関しては既に治療が行われ、医療室のベッドで横たわっていた。
「ナイ君……」
「大丈夫だよ、モモちゃん……」
「ううんっ……」
ナイの横たわっているベッドでは左右にリーナとモモが座り、彼の両手を握りしめていた。治療が終わったナイは火傷も完璧に治ったが、今だに意識を取り戻す様子がない。
怪我が治ったのにナイが完全に治らないのは魔力を消耗し過ぎたからであり、完全に魔力を回復するまではしばらくは目覚めないだろう。そして眠っている間もモモが魔操術で魔力を流し込み、彼の回復を早めようと頑張っていた。
「それにしてもあのナイさんが倒れるとは……どうやら想像以上に苦戦したようですね」
「それもあるが……まさか、薬箱の中に鼠が紛れておるとは思わんかったな」
「その鼠はどうしましたか?回収してたのなら見せてください、解剖して調べてみますから」
「か、解剖……」
イリアは薬箱に入り込んでいた鼠型の魔獣が気にかかり、その魔獣を連れて帰っていれば解剖して正体を調べられると思ったが、生憎とあのときの状況では魔獣の回収など考える暇もなかった。
「すまんが魔獣は置いて来てしまった。一刻も早く、この船に戻る必要があったからな」
「そうですか。ですけど運良く雨が降ってきて助かりましたね。これで奴等もしばらくは動けませんよ」
「ええ、あの時は本当に助かりました」
撤退の途中で討伐隊はマグマゴーレムの大群に追跡され、襲われそうになった時に偶然にも雨が降ってきた。報告によれば最近のグマグ火山は全く雨が降らなかったそうだが、討伐隊が火山の麓まで降りた途端に雨が降り注ぎ、追撃を仕掛けてきたマグマゴーレムは慌てて逃げ出した。
マグマゴーレムは雨が降ると身体に触れないように地中に潜り込む修正があり、そのお陰で討伐隊は命拾いした。但し、この雨のせいで討伐隊も火山に出向けない。雨の中の行軍は危険でもあるが、討伐隊の目的はマグマゴーレムの大群の始末であって雨でマグマゴーレムが姿を消したらどうしようもできない。
「イリアよ、儂等がいない間に船の方は何か問題はなかったか?」
「問題……ありましたね。急にこの部屋にシノビさんが入り込んできて、私を追い出して部屋を占拠したんですよ」
「兄上が!?」
「わっ!?クノさん、居たんですか!?」
天井から声がして全員が顔を見上げると天井に張り付くクノが存在し、ヤモリのように天井に張り付いていた彼女は床に降りると詳しく話を尋ねる。
「兄上が占拠したとはどういう事でござる?」
「急にこの部屋に来て「気配を感じる」とか言い出して、私を追い出して部屋の中に物を無茶苦茶に漁ったんですよ。今は元に戻したんですけど掃除が大変だったんですからね」
「どうしてシノビ殿がそんな事を……」
「分かりませんよ、そんなの……部屋を荒すだけ荒した後に勝手に出て行ったんですから」
「むうっ……兄者は何か見つけたのでござるか?」
イリアの話を聞いてクノは腕を組み、シノビの行動に疑問を抱く。イリアとしては医療室を荒されて文句を言いたい所だが、そのシノビは今も船内を忙しなく動き回って何処にいるのか見当もつかない。
不審な行動を取っていたのはシノビだけではなく、実は他にも何名か彼のように船内を動き回る物が居た。その人物はガオウとフィルであり、二人もシノビと同様に船内を探索していた事をイリアは語る。
「そういえばガオウさんとフィルさんも船内を走り回ってましたね。詳しい話はこの二人に聞いたらどうですか?」
「そうでござるな……では、拙者は聞き込みしてくるでござる」
「私も行きましょう。他の方も何か知ってるかもしれませんし……」
「イリアよ、怪我人の治療が終わるまでどれくらいかかる?」
「それほど時間は掛かりませんよ。明日の朝には全員完治しています」
「流石じゃな」
負傷者が飛行船に戻った時にイリアが迅速に適確な治療を行い、そのお陰で全員が助かった。マグマゴーレムとの戦闘でかなりの数の負傷者が現れたが、明日の朝には全員が治って何事もなく動けるまでに回復するという。
但し、思っていた以上に薬の消費が激しく、飛行船内に保管している薬もあまり余裕はなくなった。それに薬箱に忍び込んでいた魔獣の件もあり、これからは薬は厳重に保管しなければならない。
「また例の鼠が現れないようにここにも見張りが必要ですね」
「分かった。儂がロランに伝えておこう……その前にひと眠りさせてもらうぞ」
「どうぞ、ベッドなら空きがありますから好きに使ってください」
マホも先の戦闘で魔力を使いすぎており、彼女はしばらくの間眠る事にした――
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