異伝 《撤退》
「――ナイ!!この馬鹿、何て事を!!」
「ナイ君、しっかりして!!」
「うっ……」
旋斧に蓄積させた魔力を暴発させ、マグマゴーレムを爆破させたナイは至近距離から爆発を受けて意識を失う。他の者が駆けつけた時には彼は酷い火傷を負い、声をかけても意識が戻る様子がない。
彼の活躍のお陰でマグマゴーレムの大半は仕留められ、残ったマグマゴーレムは他の者たちが対処した。リーナもナイが飲ませてくれた魔力回復薬のお陰で回復したが、酷い火傷を負ったナイを見て顔色を青ざめる。
「ナ、ナイ君!!」
「落ち着きな!!まだ死んじゃいない……死なせるもんか!!」
「衛生兵!!早く彼に治療を!!」
「は、はい!!」
ロランの指示を受けて同行していた騎士の中から薬箱を抱えた者が駆けつけ、火傷を負ったナイに治療を施そうとする。しかし、薬箱を開いた途端に騎士は悲鳴を上げた。
「キィイイッ!!」
「うわぁっ!?」
「どうした!?」
薬箱を開いた瞬間に白い小さな生き物が飛び出し、悲鳴を聞きつけたロランが振り返った時にはその生き物は地面を駆け出して逃げようとした。それを見たクノが反射的にクナイを取り出し、逃げ出した生き物に目掛けて放つ。
「はっ!!」
「ギャアッ!?」
「なんだこいつは……ひっ!?」
「これは……」
クナイを受けた生き物は地面に串刺しとなり、正体を確かめようとドリスとリンが近寄ると、リンは悲鳴を上げてドリスに抱きつき、一方でドリスの方は正体を確かめて驚く。
「ね、鼠ですわ。多分ですけど、普通の鼠じゃなくて鼠型の魔獣だと思いますけど……」
「何だって!?」
『何で鼠が薬箱の中に……』
「ああっ!?く、薬がっ……!!」
薬箱から出てきた生き物の正体が鼠型の魔獣だと判明して全員が戸惑う中、衛生兵は薬箱を見て悲鳴を上げた。他の者も薬箱を覗き込むと、その惨状を見て顔色を青ざめた。
衛生兵が抱えていた薬箱の中には大量の硝子の破片が散らばっており、底の方には回復薬と思われる液体が溜まっていた。他にも包帯や薬草の粉末が入った小袋が食い破られており、先ほど逃げ出した鼠の仕業なのは間違いない。
「そ、そんな……薬が全部だめになっています!!」
「何だと!?」
「くっ……誰か回復薬をまだ持っている者はいるか!?」
「そ、それなら僕のが!!」
衛生兵が運んでいた薬箱の中身は駄目になってしまったが、討伐隊の隊員は事前に回復薬を手渡されており、マグマゴーレムとの戦闘では使わなかった者達が回復薬を取り出す。その中にはリーナも含まれ、彼女は回復薬をナイの口元に流し込もうとした。
「ナイ君、これを飲んで!!」
「うっ……げほ、げほっ!!」
「ほら、しっかり飲みな!!おい、誰かまだ回復薬が余っている奴は火傷にふりかけな!!」
「儂のを渡そう」
「私のも!!」
『吾輩のも!!』
全員が集まって回復薬が余っている者達はナイの身体に振りかけ、火傷をどうにか治そうとした。しかし、火傷の類の傷は回復薬でも治すのが難しく、本来であれば薬草の粉末などを塗り込んだ後に包帯で巻く方法が効果的だった。しかし、その肝心の薬草の粉末も包帯も鼠に食い散らされてしまって使えない。
この場では本格的な治療は行えず、すぐにナイは飛行船に連れて薬師のイリアに治療する必要があった。ロランはナイ以外の者達も負傷者は多く、全員が疲労しているのを見て「撤退」する事にした。
「これより飛行船へ戻るぞ!!殿は俺が務める、先頭は聖女騎士団に任せるぞ!!」
「仕方ないね……ドリス、リン!!あんたらがしっかりとナイを守りな!!」
「ええ、分かりましたわ!!」
「他の負傷者も連れて来い!!私達が守ってやる!!」
ロランは大将軍として皆を守るために一番危険な殿役を務め、テンが率いる聖女騎士団は飛行船まで戻る道に敵がいないのか確かめながら進み、他の騎士団は負傷者を護衛しながら聖女騎士団に続く。
王国軍の最大戦力であるナイが思いもよらぬ形で大怪我を負い、他の者たちも100体を越えるマグマゴーレムとの戦闘で肉体的にも精神的にも追い詰められていた。もしもまたマグマゴーレムの大群が襲ってきた場合、今度は全滅の危機もある。
「マホ魔導士、もしも次にマグマゴーレムが現れれば……」
「うむ……広域魔法で対処するしかあるまい」
「老師!!それでは老師の身体が……」
ロランは万が一にマグマゴーレムの大群が再び押し寄せた場合、頼りになるのはマホの「広域魔法」だけだった。広域魔法ならば大多数の敵を一掃できるが、その反動にマホの肉体にも大きな負荷を与える。
「エルマよ、この状況では文句は言うな。若者が命を賭けて戦っているのに儂が命を惜しむわけにはいかん」
「老師……」
マホはナイが命を落としかけた光景を見てどうして自分がもっと早く動かなかったのかと後悔した。心の何処かでナイならばどんな相手にも負けないと考えてしまい、その過度な期待のせいでナイは思わぬ形で負傷した。
冷静に考えればナイはまだ17歳の少年であり、いくら数々の修羅場を潜り抜けてきたといっても彼は歴戦の武人ではない。マホは大怪我を負ったナイを見てこの子だけは命を賭けても守り通す事を誓う――
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