異伝 《グマグ火山へ向けて》

「よ〜し、そろそろ出発するぞ。全員、船の中に入れ〜」



出発の時刻を迎えるとハマーンは甲板にいる人間達に船内に移動するように促し、この時にバッシュはグマグ火山までどの程度で辿り着けるのかを問う。



「到着までの時間はどれくらいだ?」

「1時間じゃ」

「1時間!?そんなに早く辿り着けるのですか?」

「この飛行船を舐めるな。本気を出せばもっと早く辿り着ける……まあ、乗組員の負担を考えなければの話だがな」



全速力の飛行船ならばグマグ火山まで1時間以内に辿り着けるが、前回の時とは違って今回は移動を急ぐ理由はない。そのために飛行船と乗組員に負担を与えない程度の移動速度で向かう。


甲板の全員が船内に移動した時、ナイは一番最後に船の中に入ろうとした。しかし、この時に彼は視界の端で何かを捉えた。



「あれ?」

「どうかしましたか?」

「何か見つけた?」

「いや、今何か居たような気がして……」



ナイは甲板の方に小さい何かが動いたように見えたが、周囲をもう一度見渡しても何も見えない。自分の気のせいだったのかと思い直したナイはヒイロとミイナと共に船内へ移動した。


だが、彼等が甲板から船内に移動した後、マストの上から見下ろす白い小さな影があった――






――船内に全員が乗り込んだ事を確認すると、飛行船はグマグ火山に向けて出発した。船内の人間は各自与えられた部屋に待機を命じられ、到着までの間はそれぞれが自由に過ごす。


イリアは船内にて薬の開発を行い、この時に彼女の助手役としてモモも手伝いをしていた。但し、重要な器材や資料には彼女に触れさせず、基本的にモモが行うのは以前にも行った魔石に魔力を詰め込む作業だった。



「どうですか、イリアさん?経過の方は?」

「う〜ん……これで3個目だよ〜」

「おおっ、こんな短時間に3つも作ったんですか……前は1つ作るのにかなり苦労していたのにやりますね」

「えへへ、私もあれから成長したんだよ〜」



モモは煌魔石の制作を行い、普段からナイに頼まれて彼の煌魔石に魔力を送り込む作業に慣れていたせいか順調に新しい煌魔石を作っていた。この調子ならば到着までには4個目の煌魔石も完成すると思われた。



「魔力の方は大丈夫ですか?私の薬を分けてあげましょうか?」

「全然平気だよ!!この調子でどんどん作っていくね!!」

「思っていたよりも頑張りますね……ふう、頭を使うと甘い物が欲しくなりますね」

「そうだね、私も朝ご飯は食べてないし……」

「ちょっと休憩しましょうか。厨房に何かあるかもしれません」



イリアはモモを連れて飛行船内の厨房へと向かい、この時に彼女はモモが完成させた煌魔石を机の上に並べた。二人は甘い物がないのか確かめに厨房へ向かう。


二人が部屋を去った後、机の下から小さな白い影が姿を現す。白い影の正体は「鼠」であり、鼠は周囲を見渡すと薬品棚を発見して向かう。



「…………」



イリアが利用している部屋は薬品の保管庫であり、薬品棚にはイリアが開発した回復薬が並べられていた。それを確認した鼠は二人が戻る前に棚の方に移動した――






――王都を発ってから約30分後、ナイは部屋の中で自分の装備を見直していた。出発前にも一応は装備の点検は行ったが、ナイは改めてマグマゴーレムとの戦闘に備えて確認を行う。



「やっぱり、マグマゴーレムに対抗できる武器といったら旋斧ぐらいか……」



岩砕剣は一撃の重さは旋斧に勝るが、相手がマグマゴーレムとなると相性は悪い。岩石で構成されているロックゴーレムならばともかく、溶岩で構成されたマグマゴーレムの場合は下手に破壊すると溶岩が飛び散って逆にナイの身が危ない。


刺剣や腕手甲のフックショットに関してもあまり期待はできず、唯一に戦闘に利用できそうなのは旋斧と反魔の盾だけだった。反魔の盾は衝撃の他に魔法攻撃も跳ね返すため、マグマゴーレムの攻撃でも弾く事ができる。



「ここは基本に立ち返るか」



岩砕剣を手に入れてからはナイは反魔の盾を使う機会が減り、基本的には旋斧と岩砕剣を使い分けて戦う事が多かった。しかし、今回は子供の頃のように旋斧と反魔の盾の二つで戦う事を決めた。


無論、岩砕剣や他の武器を扱う場面が訪れるかもしれないので手放す事は有りえず、装備を付け直したナイは到着までの間、精神を集中させようとベッドの上に座って目を閉じる。精神鍛錬は陽光教会に居た時から学び、時が来るまで心を落ち着かせる。




(――見られてる?)




目を閉じてからしばらく時間が経過すると、ナイはやはり誰かに見られているような気配を感じ取り、咄嗟に彼は部屋の中の扉と窓に視線を向けた。だが、扉は締まったままで窓の方にも何もいない。そもそも飛行船は既に地上から数百メートルの高度で移動しており、窓の方から誰かに見られる事など有り得ない。


しかし、山育ちのナイは普通の人間よりも五感が鋭く、山で狩猟する際は常に周囲へ警戒心を抱いていた。そうしなければいつ野生の動物や魔物に襲われた時に対処できず、命を落としかねない。山に居た時の事を思い出しながらナイは視線の正体を探るため、部屋から出ていく。

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