異伝 《経験は力なり》

ドリスが警備兵の指導を行う中、彼女に心配されたガオウとフィルは共に市街を歩いていた。二人が目指すのはトロールに襲われた商団の人間が経営している店であり、彼等から襲われた時の状況を詳しく尋ねるために街に出向いた。



「…………」

「……おい、何か喋れよ」



無言で前を歩くフィルに対してガオウは面倒くさそうに話しかけると、フィルは彼の言葉を聞いて舌打ちしながらも振り返り、率直に告げた。



「……どうして僕の後を付いてくる?」

「はあ?勘違いするんじゃねえ、お前が勝手に俺の前を歩いているだけだろうが」

「何だと……いや、いい。それなら僕は先に行かせてもらうぞ」

「ほう、少しは成長したな」



旅に出る前のフィルならば今のガオウの言葉を聞いた瞬間に武器を抜いてもおかしくはなかったが、心境の変化があったのか彼に挑発されても怒らなかった。



「坊主に負けてから心変わりでもしたのか」

「うるさい……そういうあんたこそナイさんに負けたと聞いてるぞ?」

「負けてねぇっ!!あれは引き分けだっ!!」

「ふんっ……」



ガオウもかつてナイに勝負を挑んで引き分けた過去を持つが、実際の所は怪我が酷かったのはガオウで勝負を続けていれば彼は負けていた。それでもガオウは自分が負けていない事を主張するが、そんな彼にフィルは鼻で笑う。


ちなみにフィルがガオウとナイが戦った事を知っているのはマホから教えてもらい、彼女はガオウがナイとの戦いで負傷して半日は寝込んでいた事を知っている。その話を聞いた時にフィルは改めてナイの凄さを思い知り、同時に自分との力の差を感じる。



「……正直に答えてくれ、今戦えばあんたはナイさんに勝てるのか?」

「それは……無理だな、あの坊主と俺じゃあ力の差が開きすぎた」

「やはり、そうか……」



普段は強気なガオウさえも今のナイには到底敵わない事を認め、今現在のナイの実力は2年前よりも強くなっていた。もしもナイに勝てる人間がいるとすれば現在は収監されている「ゴウカ」ぐらいしかいない。



「あの坊主はあれだけ強くてしかも若い、きっとまだまだ伸びしろがあるだろう」

「ま、まだ強くなれるというのか?」

「実際、土鯨との戦闘では坊主がいなければやばかった。それに坊主だけじゃない、お前の憧れのリーナも一皮むけた……お前は黄金級冒険者の中で一番弱いかもな」

「くっ……!!」



ガオウの言葉にフィルは彼を睨みつけるが、言い返す事ができなかった。現役の黄金冒険者の中でフィルは自分が最も劣っている事は嫌でも自覚しており、彼の力ではリーナやフィルにも及ばない。


獣人国で活動した時はフィルは名の通った冒険者だった。しかし、王国に訪れてからは彼は黄金級冒険者に昇格を果たしたが、一向に他の黄金冒険者との差が縮まらない。その理由は他の黄金冒険者と比べてフィルには経験が不足していた。



「フィル、お前が俺達に劣る理由は才能や努力が足りないからじゃねえ、だ」

「経験……力?」

「これは俺の持論だが、強い奴ほど様々な経験をしている。魔物にしろ人にしろ戦いを繰り返す事で色々と学べる。つまりは強い奴ほどたくさんの経験をしているわけだ」

「それが経験力……か」

「あの坊主も年齢は若いがきっと俺達以上の修羅場を潜り抜けてきたんだろう。自分よりも強い相手に戦い続け、そして生き残ったからこそ今の坊主がある。お前も強くなりたいならもっと経験を積め」

「偉そうに……そういうあんたはナイさんに勝つ事を諦めていないのか」

「馬鹿言うんじゃねえ、当たり前だろうが」



自身の考えた持論を語るガオウにフィルは呆れるが、言われてみれば確かに彼の言葉には一理あるような気がした。しかし、それでもガオウに諭される事にフィルは抵抗感を覚え、最後に悪態を吐いてしまう。


二人はその後は無言で歩き続け、言葉を交わす事はなかった。それでもフィルの顔つきは先ほどとは打って変わり、少しは元気を取り戻したように見えた。



(たくっ……我ながら面倒見がいいね、俺は)



生意気な相手だと思いながらもガオウはフィルの事を放っておけず、まるで昔の自分を見ているような気分だった。彼がまだ駆け出しの冒険者だった頃にハマーンやゴウカから似たような事を言われた事を思い出し、後輩の冒険者の育成も先輩冒険者の責務だと考える。



(伸びしろ、か……俺もそろそろ本気で強くならないとな)



フィルに語り掛ける一方でガオウも自分自身が強くなれる伸びしろがあるのか気にかかり、今一度自分を鍛え直す時が来たのかと考える――

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