異伝 《訓練指導》

――飛行船が王都に帰還した後、ゴノの街には一時的に数十名の黒狼騎士団の団員を率いるドリス、黄金冒険者のガオウとフィル、そしてナイとビャクが残った。


ビャクが残った理由はナイ以外に彼の世話をできる者はおらず、ついでにプルリンも一緒に下りた。彼等はゴノの守護のために残り、この機会にドリスは街に滞在する警備兵の指導を行う。



「どうしましたの!?この程度の訓練で音をあげるようではトロールやロックゴーレムから街を守り切れませんわよ!!」

「はあっ、はあっ……」

「ぜえっ、ぜえっ……」

「お、鬼だ……」



警備兵達は城壁を延々と走り続けさせられ、体力を身に付ける訓練を行う。最初の内はあの有名な黒狼騎士団の副団長であるドリスから直々に指導を受けると聞いて喜んでいた兵士も多かったが、想像以上の訓練の厳しさに既に大半の兵士が弱音を上げる。


ドリスの見立てでは街を守る警備兵達は武芸を磨く前にそもそも体力自体が足りておらず、彼女は城壁をずっと走らせて彼等に体力を身に付けさせる事から始める。兵士達は思っていたよりも地味で過酷な訓練に不満を抱くが、そんな事を口にすれば彼女の配下の騎士達が黙っていない。



「どうした!!この程度の距離で限界か!!」

「こんなところでへばっているようでは兵士には向いてないぞ!!」

「今日は普通に走ってもいいが、明日からは鎧を身に付けて走れ!!」

「そ、そんな!?」

「む、無理だ……重い鎧を身に付けて走るなんてできっこない!!」

「何を言っている!!あれを見ろ!!」



騎士達の言葉に警備兵は文句を告げるが、そんな彼等に対して騎士達は一番先頭を走っている人物を指差す。警備兵からかなり離れた距離に一定のペースを保ちながら走り続けるナイの姿があった。



「ほっ、ほっ……ずっと飛行船で休んでいたから鈍った身体を鍛え直さないとね」

「ぷるぷるっ」



ナイはあろうことか警備兵と同じ鎧兜を身に付け、更に頭にプルリンと背中には旋斧と岩砕剣の大剣を二つ掲げた状態で走り続ける。自分達よりも年下でしかも重い鎧兜にスライムが落ちないようにバランスを保ちながら走り続けるナイの姿に警備兵は唖然とする。



「な、なんだあのガキ……本当に人間なのか?」

「あんな重そうな鎧と馬鹿でかい剣を背負って走ってやがる……」

「しかも俺達よりもずっと先に……」

「どうした!!遅れているぞ!!もっと根性を見せろ!!」



自分達よりも年下でしかも重い装備を身に付けているナイが楽々と走る姿を見て警備兵は愕然とするが、騎士に発破を掛けられて彼等は奮起し、意地でもナイに追いつこうと駆け抜ける。



「く、くそぉっ!!負けて堪るか!!」

「あんな坊主に遅れたら恥だぞ!!」

「うおおおっ!!」

「ふふっ……ナイさんに協力して貰って正解でしたわね」



警備兵達はナイの事を知らないらしく、まさか彼が王都で一番の腕力を誇る剣士だとは夢にも思わないだろう。この調子ならばナイが居る間は警備兵も真面目に訓練に取り込み、飛行船が戻ってくる日までは訓練の指導は続けられそうだった。


ちなみに訓練の間も街の周囲の警戒は怠らず、わざわざ城壁を兵士達に走らせているのは外側の監視も同時に行うためである。尤も前回の襲撃から大分日にちは経過しているが、今のところはトロールもロックゴーレムも現れる気配はない。



(……不気味な程に何も起きませんわね。街を襲撃した犯人はもうこの地を離れたのかもしれませんわ)



ドリスは城壁の上から外の様子を眺めるが、特に何も見当たらない。この地方は魔物の数自体がそれほど多くはなく、遠目にちらほらと小動物が見える程度である。


だが、ロックゴーレムは地中に潜り込んで逃げたという事もあって、敵が地中から現れる事もあり得る。しかし、仮に前回のようにロックゴーレムの大群が襲ってきても今現在の街の戦力ならば十分に対抗できる。ドリスもナイもロックゴーレムとの戦闘は慣れており、たかが数十体のロックゴーレムなど相手にならない。



(そういえばガオウさんとフィルさんは調査に向かうと言ってから随分と経ちますわね、何か収穫があったのでしょうか?)



冒険者であるガオウとフィルは別行動を行い、それぞれが街を襲撃した犯人の手掛かりを探している。定期的に連絡すると約束した上での行動だが、今の所は二人からの報告は届いていない。


黄金級である彼等ならば万が一に犯人の調査中に思わぬ問題アクシデントが起きようと対処できると信頼しているが、それでも相手が得体の知れないだけにドリスは不安を抱く。



(無事に戻ってくるといいのですけど……)



ドリスは飛行船が戻るまでの間はこの街を守護する事を誓い、それまでの間は警備兵を鍛え上げて自分達が居なくなった後も街を守れるだけの力を身に付けさせるつもりだった。

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