異伝 《テン》
――討伐隊が戻った日の晩、テンは聖女騎士団を集めて会議を行う。その中には魔導士のマホも含まれ、彼女はトロールとロックゴーレムの核に刻まれた紋様を書き写し、当時バートンを知っている女騎士達に確認を行う。
「儂が見た紋様はこの形をしておった」
「この紋様は……間違いない、あの時の!!」
「そんな馬鹿な……」
「むうっ……」
古参の団員であるアリシア、レイラ、ランファンは紋様を確認した途端に顔色を変え、この3人もバートンが魔物に書き残す契約紋の事を知っていた。
3人は直接的にバートンと接触した事はないが、彼が捕まった後に使役していた魔獣の死骸から契約紋を確認している。だからこそトロールとロックゴーレムに刻まれていた紋様がバートンが利用していた契約紋と同じ形をしている事に動揺する。
「あたしは魔物使いの事を良く知らないけど、魔物使いの連中は全員が同じ紋様の契約紋を刻んで魔物を使役するのか?」
「いや……それは有り得ない。魔物使いの契約紋は個人によって違うはずだ」
「しかし、バートンは間違いなく死んだ。万が一に奴が死霊使いに蘇らされたとしても、魔物使いの能力まで復活する事は有り得ん。そもそも死体の方も処分したからなのう……」
「いったいどういう事だ……?」
全員がマホの書き写した契約紋に視線を向けて俯き、新人の団員であるエリナは不思議そうに手を上げながら答えた。
「あの……ちょっといいですか?」
「エリナ?」
「実は私のおばあちゃんに聞いた事があるんですけど、確か魔物使いの契約紋は親子なら同じ契約紋になると聞いた事があります」
「何だと?」
エリナの言葉に驚いた表情を浮かべ、マホはこの時にエリナの「祖母」を思い出す。彼女の祖母はマホとも古い仲であり、彼女よりも年上で知識も豊富な人物だった。
「そういえばエリナ、お主の祖母はマリアだったな」
「マリア?」
「確かエルフの里の族長では……」
「はい、そうです。まあ、私の親は養子なんで血は繋がってないんですけど……」
エルフの里の族長であるマリアは実子は持たず、養子としてエリナの母親を引き取った。後に母親は結婚してエリナが生まれ、彼女はマリアの孫に当たる。
血は繋がっていないがマリアはエリナの事を両親以上に可愛がり、小さい頃から色々と教えてくれた。その中には魔物使いに関する知識も教え、彼女の話によれば親子同士ならば契約紋が全く同じに形になる事もあるという。
「魔物使いの間でも滅多にない事ですけど、実の親子が全く同じ契約紋を扱う事があるそうです」
「という事は……まさか、バートンの奴に息子か娘がいたのかい!?」
「もしくは父親か母親が……?」
「いや、それはあり得ぬ。バートンの両親は奴が子供の頃に殺されているはず……となると、子供の仕業か」
ここに来てバートンには子供がいた可能性が出てきた事にテン達は驚きを隠せないが、バートンが処刑される前日にテンは彼が告げた言葉を思い出す。
「まさか、あの言葉の意味は……」
「テン、どうかしたのか?」
「……こうしちゃいられない!!すぐに王城へ向かうよ!!」
「おい、テン!?急にどうした!?」
バートンの遺言、彼の契約紋を使う謎の魔物使い、そしてエリナの話を聞いてテンは全ての謎を解き明かす。バートンには隠し子が存在し、今回の一件はその子供の仕業で間違いない。
すぐに上の人間に報告へ向かおうとした時、彼女はここで何故か王妃の顔が浮かぶ。どうしてこの状況で王妃の顔が浮かんだのか分からずに彼女は立ち止まり、そんなテンを他の者は心配する。
「どうしたテン?」
「王城に行くんじゃないのか?」
「…………」
テンは他の者に声を掛けられても何も答えず、王妃と共にバートンを捕まえた日の事を思い出す。彼女はあの時にはっきりと聞いていた、バートンが王妃に氷漬けにされる直前に告げた言葉を――
『嫌だ、死にたくない……助けろっ!!早く助けるんだ!!』
まるで誰かに助けを求めるようにバートンは叫んでいた光景を思い出した。当時は混乱して敵も味方も分からずに助けを求めたのかと思ったが、もしもあの言葉が自分をや王妃や他の騎士ではなく、別の人間に告げた言葉だとすれば話は変わる。
バートンを捕まえた時、たった一人だけ聖女騎士団ではない人間が一人だけ居た。その少女はバートンが処刑されてからすぐに姿を消し去り、捜索が行われたが結局は見つかる事もなく行方不明のままだった。
「まさか……あの時の娘がっ!?」
「テン!?」
「どうしたんだ!?」
テンは今の今までどうして気付かなかったのかと狼狽し、そんな彼女に他の仲間達が心配そうに視線を向ける。しかし、当の本人は自分がとんでもない失敗をしてしまったのではないかと嘆く。
(あの娘がバートンの子供だとしたら……)
動揺のあまりにテンは身体の力が抜けてしまい、椅子に座り込んでしまう。そんな彼女を見て他の者たちは只事ではないと悟り、何が起きたのか彼女の口から明かされるのを待つ――
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