異伝 《王都》

――それから数日後、王都に飛行船が帰還すると造船所には聖女騎士団と兵士達が押し寄せ、その中には白猫亭からわざわざ迎えに来てくれたモモの姿もあった。だが、彼女は戻ってきた人間達からナイがゴノへ残った話を聞かされて衝撃を受ける。



「ええええっ!?ナイ君、帰ってこないの!?」

「すまない……色々とあってナイ君はゴノに残る事になったんだ」

「す、すいません……」

「いったい何があったんだい?土鯨は倒す事ができたんだろう?」



アルトとヒイロからナイが戻ってこない事を伝えられたモモは落胆するが、テンは土鯨の討伐に成功したのに何故ナイが戻らないのか気になり、場所を変えて彼女は詳しい事情を聞く。


本来であれば王城へ直行して国王に事の顛末を報告するべきだが、その事に関してはアルトは兄のバッシュに任せ、先に聖女騎士団の団長であるテンに旅の内容を伝える。彼女もかつてバートンと対峙した人間の一人であり、ゴノの街を襲撃した魔物にバートンの「印」が刻まれていたと知って彼女は動揺した。



「鞭の紋様だって!?そんな馬鹿な……バートンは確かに死んだはずだよ!!」

「テン、落ち着きなさい。気持ちは分かりますが、間違いありません」

「エルマ……その紋様は本当にバートンが書き残した印だったのかい?」



テンと同じく王妃に仕えていたエルマもバートンの事はよく知っており、彼女もバートンを捕縛する際に同行していた。彼女も当時のバートンの情報は把握しているため、ゴノの街を襲撃したトロールやロックゴーレムに刻まれた「鞭の紋様」がバートンの印と同じ物だと断言する。



「間違いありません、あの印はバートンが魔物を従えさせるために記していた契約紋です」

「そんな事、あり得るのかい?まさかバートンの奴に後継者でもいたのか?」

「そこまでは分からぬ。しかし、バートンと何かしらの縁がある人間の仕業なのは間違いないじゃろう」

「…………」



マホの言葉にテンは考え込み、聖女騎士団がバートンを捕まえた後は彼を尋問してこれまでの悪事を全て吐かせた。しかし、尋問の際にバートンが気になる事を言っていた。



「そういえばあいつ、捕まった後は黙り込んでいたけど……処刑される前に気になる事を言っていたね」

「気になる事?」

「あいつ、処刑前日にこんな事を言ってたんだよ。確か……私を殺しても、いや、とね」



王都にてバートンの処刑が実行される前、テンは彼の監視を行っていた時にバートンが残した言葉を思い出す。当時はただの負け惜しみだと思って特に気にかけもしなかったが、今となっては彼の言葉が気にかかった。


自分を殺せば取り返しのつかない事態に陥る、それだけを告げてバートンは処刑された。彼の言葉を知っているのは監視を行っていたテンと、彼女から報告を受けた王妃だけである。その王妃も死んでしまったため、テンだけがバートンの遺言を記憶していた事になる。



「私を殺せば取り返しのつかない事になる、か。他に何か言ってなかったのかい?」

「いいや、あいつはどんな拷問を受けても何も答えなかったね。だけど処刑が決まった前日に急に私に話しかけてきたのさ。あたしがどういう意味なのか尋ねてもその後は気が狂ったように笑うだけで何も話さなかったよ」

「今となっては……ただの負け惜しみとは思えんな」



バートンの言葉を知ったマホ達は難しい表情を浮かべ、彼が何を言い残したかったのか気になった。しかし、既にバートンは処刑されて死体の方も焼却されている。死霊使いでも死体がまともに残っていなければ蘇らせる事はできず、死んだ人間から情報を引き出す事はできない。


色々と謎を残して死んだバートンにテンは苛立ちを抱き、こんな事ならば処刑前に無理やりにでも言葉の意味を吐かせるべきだったかと考える。後悔しても今更遅く、重要なのはこれからの事だった。



「それでナイの奴はいつ戻ってくる予定なんだい?」

「少なくとも飛行船の点検が終わるまでは戻る事はできん。どうも今回の遠征で無理をし過ぎたようで飛行船の整備に時間が掛かるとハマーン技師が言っておったぞ」

「えっ!?じゃあ、ナイ君にはすぐに会えないの!?」

「まあ、整備といっても一週間程度で終わるそうじゃ。整備が終了次第、迎えの船を出す。あの飛行船ならばすぐに迎えに行けるじゃろう」

「10日ぐらい経過すればナイ君も戻ってくるよ」

「10日か……はあっ、ヒナちゃんに無理を言って迎えに来たのにな〜」

「な、なんかごめんね……」



10日後にはナイも一旦王都に戻ってくるという話を聞いてモモも落ち着くが、話を聞かされたテンは腕を組んだまま考え込み、どうにも嫌な予感が拭えなかった――

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