異伝 《実験》

――地中に潜り込んで姿を消したロックゴーレム達は街を離れると、草原に存在する丘に辿り着く。丘の上には人影が存在し、全身をローブで覆い隠した人物が座っていた。


この人物こそが街にロックゴーレムを襲撃させた黒幕であり、史上最悪の犯罪者と謳われたアルバートンの血を継ぐ人物だった。彼女の名前は「アン」今では父親を越える魔物使いへと成長していた。



「……思っていたよりもやられたようね」

『ゴオオッ……』



帰還したロックゴーレムの数を確認してアンは3分の1ほど倒された事を知り、それでも特に気分を害した様子はない。ロックゴーレムを従えるために苦労させられたが、それでも彼女にとっては些細な問題だった。



(命令通りに夕暮れを迎える前には戻ってきた……やっとこいつらも使える手駒になったわ)



アンは昨夜のうちにロックゴーレムに三つの命令を与え、それを実行するかどうか確かめるために彼等にゴノの街を襲撃させた。まず一つ目の命令が「瓦礫に擬態して身を隠す事」この命令を受けたロックゴーレムはトロールに破壊された城壁の瓦礫に擬態して一晩中身を隠す。


二つ目の命令が「昼時を迎えたら人間を襲え」この命令を受けたロックゴーレムは昼時を迎えると、擬態を止めて兵士へ襲い掛かった。マホ達は気付かなかったが、ロックゴーレムの狙いは最初から街の中に侵入する事ではなく、城壁を守護する兵士や冒険者を狙って行動を起こしていた。


そして最後の命令は「夕暮れを迎えたら自分の元に戻る」この三つの命令をロックゴーレムは果たし、時間は掛かったがアンは「忠実な手駒」を手に入れた。



(父でさえも三つの命令を与えて実行させる事はできなかった……もう私は父を越えた)



普通の魔物使いは服従させた魔物に命令を与える場合、せいぜい与えられる命令は一つだけでしかも魔物によっては従わない事もある。


例えばコボルトやファングなどの魔獣系は相手に襲い掛かる場合、本能のままに従って相手に攻撃する。これらの魔物に相手を「襲え」という命令は従うが、戦う相手を「殺すな」や「生け捕りにしろ」という命令を従えさせるのは難しい。


魔獣系の魔物は戦闘の際は本能のままに攻撃するため、主人である魔物使いの命令でも聞く耳を持たない。仮に従えさせる事ができるとしたら「ミノタウロス」などの知能が高い存在しかおらず、逆に「オーク」などの知能が低い魔物はそもそも命令をまともに従わない。


ロックゴーレムの場合は知能はそれほど高いとは言えず、本来であれば魔物使いが服従させる魔物としては不適合だと言える。しかし、アンは十数年の時を費やして魔物使いの腕を磨き、遂には複雑な命令でも従える完璧な手駒を作り出す事に成功した。



(もう私に従わない魔物はいない……それにいざという時はあいつがいる)



自分の命令を完璧に遂行したロックゴーレムの集団を見てアンは魔物使いの能力を極めた事を自覚し、丘の裏側で寝入っている生物に視線を向ける。この生物こそがアンにとっての最高にして最強の魔物であり、どんな相手が現れようと負ける気がしない。



(けれど実験のためとはいえ、手駒をいくつか失ったのは惜しい……そろそろ新しい手駒を補充する必要があるわね)



今回の実験でアンは従えさせたロックゴーレムの3分の1を失ってしまい、それを補うために新しい魔物を従えさせることにした。彼女は地図を取り出してこの付近に出没する魔物を確認すると、とあるに注目した。



(……この場所なら新しいゴーレムも手に入りそうね)



ゴーレム種は主に山岳地帯に生息するため、火山にもゴーレム種がいる可能性は高い。アンは失った魔物の補充を兼ねて「グツグ火山」と地図に記された場所へ向かう。





――後にこの時の彼女の選択が王国の歴史を変える事になる。

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