過去編 《シノビ一族》

――王国の辺境の地には旧和国の領地が存在し、そこにはとある一族が暮らしていた。彼等は「シノビ一族」と名乗り、一族を収める人間は「シノビ」という名前を受け継ぐ。


かつて存在した和国という国は「ダイダラボッチ(ゴブリンキング)」によって滅ぼされ、国内に暮らしていた民の殆どは他の国に移住した。しかし、僅かに残った人間達は和国が王国に併合された後も密かに暮らす。


和国が存在した場所に里を築いて彼等は「忍術」を磨き、何時の日か和国を取り戻すために腕を磨いてきた。しかし、そんな彼等の里に突如として魔物の群れが襲い掛かり、里の人間達は数名を除いて殺されてしまう。



「サルトビ!!しっかりと付いてこい!!」

「は、はい!!」

「ううっ……うえぇんっ!!」



サルトビという名前の少年は父親の「」と共に幼い妹を抱いて森の中を駆け巡り、里を襲撃した魔物に追いつかれないように逃げ続けた。


いったいどれだけの長い時間を逃げ続けたのかは不明だが、シノビが安全な距離まで逃げ切ったと判断すると、彼は足を止めて自分の息子と娘を抱きかかえる。



「ここまでくれば大丈夫だ……よくやったぞ」

「父上……」

「ううっ……あううっ!!」

「おお、すまんすまん。よしよし、怖かったな



シノビは赤子を抱き上げると泣きじゃくる彼女をあやし、そんな彼を見てシノビは安心仕掛けるが、この時に彼は父親の背中に血が滲んでいる事に気付く。



「父上!!血が……」

「んっ、ああ……どうやら逃げる時にまた傷口が開いたようだな」

「そんなっ!!」



実を言えばシノビは魔物が里に襲撃してきた際、家族を守るために交戦した。しかし、彼は魔物の攻撃で背中に傷を負ってしまい、一応は逃げる前に治療を施したが、どうやら子供達を逃がすのに夢中で走っている最中に傷口が開いてしまったらしい。


逃げる道中もシノビは二人の子供を守るために森の中に潜む魔物と戦い、その際に身体に無理をし過ぎて背中の傷から血が止まらなくなった。このまま血を流し続ければシノビの命は長く持たず、すぐにサルトビは彼に治療するように促す。



「父上!!すぐに治療しなければ……」

「いや、まだだ……ヤヨイを探さなければならん」

「叔母様を……!?」



ヤヨイとはシノビの妹であり、サルトビからすれば叔母に当たる人物である。ヤヨイは先日に子供を産んだばかりであり、サルトビとクノからすれば「従弟」に当たる赤子を連れて先に里を離れていたらしい。



「ヤヨイが生きているならば待ち合わせ場所にいるはずだ……無事だといいんだが」

「しかし、父上の傷が……」

「そんな事を言っている場合ではない!!ヤヨイは産後で碌に動けないはずだ。だが、あいつの性格ならば命に代えても子供を救おうとするはず……生きているのならば何としても見つけ出さなければならん!!」

「しかし……」

「いいから付いてこい!!大丈夫だ、俺はこの程度の事では死なん……行くぞ!!」



赤子をサルトビに任せてシノビは再び駆け出し、先に逃げたはずのヤヨイと赤子を探す。ヤヨイの父親は里が魔物に襲撃された際に真っ先に犠牲になってしまったため、生き残っているとしたらヤヨイと赤子だけである。


祖父母も両親を既に失っているシノビからすればたった一人の妹とその息子を見捨てる事はできず、彼は待ち合わせ場所に指定した銛の中に存在する「大樹」へ向かう。しかし、残酷な事に大樹には事切れたヤヨイの姿しか存在せず、彼女が連れだした赤子の姿はなかった。



「くそっ……遅かったのか!!」

「父上……もう諦めるしかありません。赤子はもう……」

「ぐううっ……」



ヤヨイが連れ出したはずの赤子は見つからず、シノビは悔し気な表情を浮かべる。赤子には手紙がヤヨイからの入っているはずであり、彼女が赤子のために残した遺言も確かめる事ができなかった。


里から逃げ延びたとはいえ、森の中にも魔物や熊や猪などの動物が潜んでいるために安心する事はできず、シノビは二人の子供を守るためにも安全な人里に向かわなければならなかった。しかし、無理に身体を動かしすぎたせいでシノビの肉体は限界を迎える。



「ぐふっ……」

「父上!?」

「うぇええええんっ!!」



シノビは唐突に倒れると慌ててサルトビは泣きじゃくる妹を抱えながら父親の元へ向かう。サルトビは虚ろな瞳で二人の子供に視線を向け、もう自分の限界が近い事を悟り、最期を迎える前に二人の子に後の事を託す。



「サルトビ……俺はここまでのようだ」

「そんな、父上!!」

「いいから最後まで話を聞け……シノビの名前はお前が受け継げ、そして妹の事をしっかりと守るのだぞ。後の事は任せる……必ず、我が国を再建させるんだ……」

「父上……父上ぇえええっ!!」

「頼んだぞ、我が息子よ……何時までも愛しているからな、我が娘よ……」



シノビの名前を息子に託した父親はゆっくりと瞼を閉じると、完全に動かなくなった。そんな父親にサルトビは縋りつくが、彼が目を覚ます事は二度となかった――

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