過去編 《手紙》

――赤子を拾ったアンは川辺に辿り着くと、籠の中に入っていた手紙の内容を確認する。記されている内容は要約すれば「誰が見つけたとしても赤子を見捨てる様に」と書かれており、最初に手紙を確認した時はアンは赤子が捨て子かと思った。


しかし、彼女が気になったのはどうして人気のない山奥まで赤子を連れ出したのか、しかも手紙まで籠の中に入れて彼を拾おうとする人間が現れないように仕向けたのか、アンは赤子に何か秘密があるのではないかと考える。



(見捨ててほしいという割には、この赤ん坊は暴行を加えられた形跡はない。それに邪魔な存在なら捨てたりせずに殺せばいいだけ……何か秘密があるはず)



赤ん坊の方は珍しい黒髪である事を除けば普通の人間の赤子にしか見えず、秘密があるとすれば手紙の方だった。アンは手紙の内容をよく観察すると、妙に手紙に折り目が付いている事に気が付く。



(この手紙、もしかしたら……)



アンは試しに折り目に沿って手紙を曲げようとすると、まるで折り紙のように簡単に曲がる事に気付く。恐らくは正しい折り方を行えば手紙は変形し、何らかの形に変化する。


孤児院に世話になっていた時も似たような遊び道具を使った事があり、アンは手紙の折り目を確認して折り曲げていくと、最終的には「千羽鶴」を想像させる形となった。



(これは……そう言う事だったのね)



造り上げた千羽鶴を見てアンは納得した表情を浮かべ、折り曲げられた事で手紙に記されている文字が順番を変え、隠されていた文章が明かされる。どうやら手紙はを利用した暗号文だったらしく、千羽鶴には文字が記されていた。



『子』

『助け』

『お願い』



千羽鶴には子供の事を頼むような文章が記され、どうやらこの手紙の主は本当は子供を助けてほしいと願っていたらしい。しかし、どうしてわざわざこんな面倒な仕掛けを残したのかとアンは疑問を抱く。


だが、アンは手紙の主には悪いと思いながらも赤子を育てるつもりはなかった。そもそも自分が生きるのも精いっぱいな状況のため、見ず知らずの赤ん坊を育てる余裕はない。しかし、わざわざ助けた赤子を見捨てるのも忍びなく、彼女は途中で見かけた村を思い出す。



(あの村の人間にこの赤子を拾わせればいいわ)



赤子を育てる事はできないが、他の人間にこの赤子を拾わせる事を決めたアンは村へ向かおうとした時、不意にコボルト亜種が何かに気付いたように彼女に声をかけた。



「ガアッ……」

「何?誰かが近付いているの?」



コボルト亜種は臭いと気配を感じ取り、それをアンに伝えると彼女は考えた末、折りたたんだ手紙を元に戻して赤子の籠の中に戻す――






――コボルト亜種が感じた気配を頼りにアンは赤子が入った籠を持ち出すと、森の中でも開けた場所を発見する。そこで彼女は赤子と手紙が入った籠を残すと、少し離れた場所に身を隠す。


しばらくの間は隠れていると、何処からか老人が現れた。この時に彼女が見つけた人物こそが後に「貧弱の英雄」と呼ばれる事になる子供の育て親となる「アル」だった。


アルは森の中に捨てられている赤子を発見して非常に驚き、彼は赤子を拾い上げると手紙の内容を確認して怒り狂う。しかし、アルは気付かなかったが実は彼が見つけた手紙は仕掛けが施されており、この仕掛けを解けば赤子を捨てた人間が本当は誰かに赤子を任せたい事を伝えたい事が分かるはずだった。


残念ながらアルは手紙の仕掛けを解く事はできず、彼は怒りのあまりに手紙を破り捨ててしまう。そして赤子を保護したアルは村へと戻り、その様子を見届けたアンはこれで赤子は死ぬ事はないと判断すると、本来の目的へ戻る。



「……行くわよ」

「ガアッ……」



コボルト亜種を引き連れてアンは本来の目的を果たすために立ち去り、この時にアンが赤子の命を救う手助けをしたのか自分でもよく分からなかった。ただの気まぐれかもしれないが、自分自身も実の父親から捨てられた過去があり、そのせいで森の中に捨てられていた赤子に同情心を抱いたせいかもしれない。


しかし、気まぐれであろうと彼女の行動が後にこの国を救う英雄を生み出した事は間違いなく、知らず知らずのうちに彼女は国を救う手伝いをしていた。しかし、その反面に彼女は後の時代に国を覆しかねない恐ろしい犯罪者になる事は誰も気づかなかった。否、気付くはずがなかった。

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