過去編 《森の中の赤子》
――時は遡り、ゴブリンを見捨てたアンは新たにコボルト亜種を従えて山の中を進む。アンが辺境の地に訪れた理由は二つあり、一つ目の理由は人目を避けるため、そして二つ目の理由は強い魔物を探し出すためである。
アンはコボルト亜種を従える事はできたが、この山には赤毛熊が出没する話も聞いている。彼女の目的は赤毛熊を従えようと山を登るが、捜索の途中でコボルト亜種が何かに気付いたように鼻を鳴らす。
「グルルルッ……」
「……何か見つけたの?」
先頭を歩かせていたコボルト亜種が周囲を見渡し、やがて林を掻き分けて勝手に移動を始める。それを見たアンは仕方なく後に続き、コボルト亜種が何を見つけたのか確かめるために後に続く。
しばらくの間は林を掻き分けて進むと、二人の視界に異様な光景が広がった。大樹の根本の部分に籠を抱えた謎の黒装束の女性が倒れており、大切そうに籠を抱える女性の姿を見てアンは疑問を抱く。
(どうして人間がここに……?)
倒れている女性の元にアンは近づき、慎重に確認すると既に女性は事切れている様子だった。死亡してからかなりの時間が流れており、しかも死因はどうやら毒の類である。
コボルト亜種が女性の死体を発見しても食らいつかない理由は体内に毒が残っているからであり、しかもどうやら毒を仕込んだのは魔物や植物の類ではなく、何者かに殺された可能性が高い。その証拠に女性の右腕には刃物のような物が突き刺さっており、彼女は既に死亡していた。
「随分と大切そうに持ってるわね」
「ガアアッ!!」
女性の死体からアンは籠を回収しようとしたが、死んでいるにも関わらずに女性は籠をしっかりと抱きしめて離そうとせず、仕方なくコボルト亜種が無理やりに引っ張り出す。
籠から離れた途端に女性の死体は地面に倒れ込み、その様子を見てアンは余程籠の中に入っている物が大切なのかと思いながら確認すると、そこには彼女の想像を超えた代物が入っていた。
「……赤ん坊?」
「あうっ……」
籠の中に入っていたのは赤ん坊である事が発覚し、彼女は驚いたように倒れている女性に目を向けた。赤ん坊は深い眠りについているのか目を覚ます様子はなく、籠の中には手紙が入っていた。どうしてこんな人気のない森の中で赤ん坊が入った籠を抱えた女性が居るのかとアンは戸惑ったが、彼女は発見した赤ん坊を見て困り果てる。
「……面倒ね」
「グルルルッ……!!」
赤ん坊を見た途端にコボルト亜種は物欲しそうな瞳を向け、それに気づいたアンはコボルト亜種が赤ん坊を欲している事に気付く。恐らくは餌として食べたいのだろうが、それに気づいたアンは忌々しそうに怒鳴りつける。
「下がりなさい、獣が……」
「ウォンッ……!?」
「下がれと言っている!!」
流石のアンも目の前で子供が殺される事は抵抗感を覚え、コボルト亜種を下がらせる。孤児院で暮らしていた時にアンは捨てられていた赤ん坊の世話をしていた事もあり、どうしても赤ん坊に手を出す事はできなかった。
死んだ女性の姿は明らかに普通ではなく、先ほど彼女が発見した村の人間とは思えない。しかも毒で殺されているという事は何か訳ありかもしれず、この場所に残っている事も危険かもしれない。
「面倒ね……本当に面倒臭い」
自分自身の行いとはいえ、赤子を拾い上げた事にアンは面倒に思いながらも彼を連れて行く――
――それからしばらく時間が経過すると、森の中から黒装束の男性と少年が現れた。男性の方は赤子を抱えており、まだ幼い少年を連れて彼は先ほどアンが見つけた女性の死体を発見する。
「ヤヨイ!!ここにいたのか!!」
「ヤヨイさん!!」
男性と少年は女性を見つけて駆けつけるが、既に彼女が死んでいる事を知ると男性は悔し気な表情を浮かべ、少年は顔面蒼白となる。男性は自分が抱えていた赤子を少年に託すと、彼はヤヨイと呼んだ女性の腕を掴んで刃物が刺さっている事に気付く。
「くそっ……間に合わなかったか!!」
「ち、父上……」
「……サルトビ、周囲を調べるぞ!!何処かに籠があるかもしれん!!手紙も入っているはずだ!!」
「は、はい!!」
サルトビと呼ばれた少年は赤子を抱き上げながら周囲を見渡し、彼の父親はヤヨイの顔に手を押し当てて涙を流す。だが、今は彼女の死を悲しむ暇もなく、彼等は必死にヤヨイが連れて行ったはずの赤子を探す。しかし、いくら探したところで既にアンに連れ出された赤子を見つけ出す事はできなかった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます