過去編 《復讐の緑鬼》

ゴブリンが目を覚ました時、彼が最初に見たのは美しく光り輝く「満月」だった。意識を取り戻したゴブリンは自分が生きている事に驚き、痛みに耐えながら身体を起き上げる。



――どうして?何故、自分は生きている?



どうして自分が生きているのかゴブリンも不思議に思ったが、すぐに彼は自分の主人だったアンを探すが、気絶している間に既に去ってしまったらしい。そして自分が負傷させたコボルト亜種の姿もなく、自分が見捨てられた事を悟るとゴブリンは怒り狂う。



――許せない、あの人間の女……絶対に許さない!!



自分を見捨てて立ち去ったアンにゴブリンはこれまでにない怒りを抱き、同時に彼の身体が変化を始める。ゴブリンの身体が徐々に膨れ始め、骨が軋む音が鳴り響く。


この時にゴブリンは自分自身の肉体の変化には気づかず、彼は口元に違和感を感じて手を伸ばす。すると自分の口に狼の毛のような物が張り付いている事に気付き、コボルト亜種との戦闘で悪あがきに喰らいついた事を思い出す。



――美味かった、あの獣の肉……



ゴブリンは戦闘の最中にコボルト亜種に喰らいつき、肉の一部を喰らった。その影響なのかゴブリンの肉体は変化し始め、遂には上位種のホブゴブリンと進化を果たす。




通常種のゴブリンは雑食で他の動物の肉を食べる事はある。しかし、満足な栄養を得られないとゴブリンは上位種へと進化を果たせない。この世界には数多くのゴブリンがいるのにどうしてホブゴブリンに進化を果たす者が一部しか存在しないのかというと、その理由はゴブリンが頭が良い反面に「臆病」な生物だからである。




大抵のゴブリンは自分よりも上の存在と対峙した時、恐れを抱いて逃げ出してしまう。武器や罠の類を利用できる知能があるにも関わらず、ゴブリンは自分よりも圧倒的な力の差が存在する敵を前にしたら怯えて動けない。


しかし、ゴブリンが上位種に進化するためには大量の栄養を必要とするため、人間や動物などのような生き物では殺して食しても満足な栄養分は得られない。だからこそホブゴブリンに進化するためにはゴブリンは自分よりも強い存在、即ち他の魔物を食すことが必要不可欠だった。




――欲しい、もっとあの肉が……欲しい!!




コボルト亜種は魔獣の中でも上位に位置する危険種だが、その肉体の栄養分は猪や熊などの比ではなく、ほんのわずか喰らっただけで死の淵に立たされていたゴブリンは息を吹き返した。


コボルト亜種の肉を喰らった事で奇跡的に助かったゴブリンは立ち上がると、上位種のホブゴブリンに完全に進化を果たす。この時点では初めて自分の肉体の変化を自覚すると、驚いた表情を浮かべながら満月を見上げる。




――力が湧きあがる!!




今なら全力で跳躍すれば空に浮かぶ満月にでも届くのではないかと思う程、ホブゴブリンは高揚感を抱く。初めての進化にホブゴブリンは興奮を抑えきれず、同時に自分がより大きな力を手にした事でホブゴブリンは自分を見捨てたアンを思い出す。




――復讐してやる、人間め!!




自分を見捨てたアンの事を思い返すだけでホブゴブリンはに対する復讐心を抱き、必ずや自分の手でアンを殺して他の人間共を根絶やしにする事を誓う。


しかし、いくら力を身に付けたといっても1人だけではどうしようもできず、ホブゴブリンは冷静になって今後の事を考える。ホブゴブリンに進化した際に脳も発達し、より高度な知能を手に入れたホブゴブリンはこれから自分が何をするべきか考えた。




――人間は侮れない、また操られるかもしれない。なら……仲間を作るべきか




人間に恨みを抱きながらも決してホブゴブリンは人間の力を舐めてはおらず、アンと旅を同行していた時に人間がどれほど厄介な存在なのか思い知っていた。


ゴブリンも群れで行動する修正があるため、仲間の重要性はホブゴブリンも理解していた。人間と戦うためには自分は群れの主となり、新しい仲間を作らねばならない。その考えに至ったホブゴブリンは早速行動に移そうとした時、草むらから狼の唸り声が響く。




「グルルルッ……!!」

「ガアアッ……!!」

「ウォオオンッ!!」

「ッ……!?」



ホブゴブリンの血の臭いに引き寄せられたのか、草むらから現れたのはファングの群れだった。ホブゴブリンは進化を果たしたとはいえ、今だに自分が血塗れである事に気付き、ファングの群れは彼を取り囲む。


まだだった頃ならばファングの群れに囲まれれば怯えて何もできなかったかもしれない。しかし、ホブゴブリンは自分の前に現れたファングの群れを見て笑みを浮かべ、口元から大量の涎を垂らす。




――こいつらの肉は美味いのか?




コボルト亜種の肉を喰らった時にゴブリンは魔獣の肉の味を覚え、自らファングの群れに襲い掛かった――

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