過去編 《愚者の末路》
テンの育て親の「ネズミ」と名乗る女性は大量の鼠型の魔獣を使役し、彼等を利用して情報を集めて生計を立てていた。当然だが彼女の元に世話になっていたテンもネズミに使役された鼠と接して生きてきた。
ある時にテンはネズミが使役している鼠の餌やりを行った時、謝って鼠の尻尾を踏んで逆上した鼠達に襲われた。そのせいでテンは怪我を負ってしまい、見かねたネズミがテンの治療を行いながら語り掛ける。
『クソガキ、よく覚えておきな。こいつらは1匹1匹は大した力もないし、臆病で弱い生物だ。強い生物を前にすると怯えて逃げ出しちまう、どうしようもない生物なんだよ。だから噛みつかれた程度で泣くんじゃないよ馬鹿』
『泣いてねえよ!!でも、あいつらは群れで襲い掛かる事だってあるだろ。いくら力が弱いからって数で押し切られたらどうしようもないじゃないか』
『馬鹿だね……いくら数が集まろうと、こいつらは本能的に自分よりも強い存在を恐れるんだ。だからあんたもこいつらと喧嘩した時、襲われたくなかったらこいつらに恐怖を刻みな』
『な、何だよそれ……』
『たかが鼠が百匹だろうが千匹だろうが一万匹集まろうが竜種に喧嘩を売る事態なんてあり得ないだろ?あんたが襲われたのはこいつらに舐められているからだよ』
『くそっ!!』
ネズミの治療を受けながらテンは自分を遠巻きに観察する鼠の大群を睨みつけ、彼女は自分がこんなにも小さくて弱い生物にすら舐められているのかと憤る。そんな彼女の頭を撫でながら告げた。
『あんたは弱い、ここにいる鼠よりもね。悔しいのならさっさと強くなりな、100万匹の鼠に囲まれても一声で追い払えるぐらいにね――』
――育て親の言葉を思い出したテンは屋敷の中に存在する数百匹の毒鼠を前にして笑みを浮かべ、子供の頃の自分ならばこれだけの数の鼠を前にしても何も出来なかっただろうと考える。しかし、今の彼女は違う。
アルバートンの狙いは数百匹の毒鼠を見せつける事で女騎士達に動揺を誘い、その隙を突いて逃げ出すつもりだった。しかし、テンは毒鼠の大群に全く怯えず、それどころか鬼気迫る表情を浮かべて一括する。
「消え失せろ」
『ッ――!?』
「なっ……何をしている!!さっさとそいつを始末しろ!!」
一言だけテンが告げた瞬間に彼女の周りに集まっていた毒鼠は距離を置き、自分の命令を無視して勝手に動いた毒鼠にアルバートンは焦った声を出す。しかし、次の瞬間にテンは深く息を吸い込むと、獣の如き咆哮を放つ。
「うおおおおおおおおおっ!!」
『キィイイイイッ!?』
百獣の王である獅子を想像させる咆哮をテンが放った瞬間、屋敷内の毒鼠の大群は猛獣を前にしたかのように怯えて逃げ出す。その咆哮は他の人間も震え上がらせ、あまりの気迫にアルバートンは少女を手放してしまう。
「ひいっ!?」
「きゃっ!?」
「……今よっ!!」
テンの気迫に怯えたアルバートンが少女を手放して逃げ出そうとしたが、この時にジャンヌがいち早く反応して氷華を鞘から抜く。彼女は床に目掛けて刃を突き刺すと、床一面に広がっていた血溜まりが凍り付く。
少女を人質にアルバートンが血溜まりが広がる場所まで移動していた事が幸いし、氷華によって床に広がっていた血が凍り付くと、逃げようとしたアルバートンの足元を凍り付かせる。
「凍り付きなさい!!」
「うがぁあああっ!?」
皮肉にもアルバートンを捕らえる事ができたのは、彼が事前に殺した数十人の子供達の血が床一面に広がっていたからであり、もしも彼が子供を大量虐殺していなければこのような事態は起きなかった。自分自身の行いでアルバートンは逃げ場を失い、そんな彼に対してジャンヌは容赦なく彼の全身を凍り付かせようとした。
「ま、待て!!助けて……助けてくれぇっ!!」
「みっともない奴だね、大人しくくたばりな……あの世であんたが殺した連中に謝ってきな」
「嫌だ、死にたくない……助けろっ!!早く助けるんだ!!」
徐々にアルバートンの身体が足元から凍り付き、必死に助けを求めるが彼の願いに応える人間はここにはいない。やがて全身が凍り付くとアルバートンは全く動かなくなり、ジャンヌは氷華を抜いて彼から解放された少女の元へ向かう。
「もう大丈夫よ……安心して」
「う、あっ……」
「貴女が手紙を書いてくれた女の子?よく頑張ったわね……もう、大丈夫よ」
傷ついた少女はジャンヌを前にして怯え切った表情を浮かべ、そんな彼女をジャンヌは優しく抱きしめる。この時に少女はジャンヌに抱きしめられた時に氷漬けにされたアルバートンに視線を向けると、彼女は誰にも見られていない事を把握した上で笑顔を浮かべた。
(さよなら……お父様)
この日、王国の歴史でも最悪の殺人鬼として名前を刻まれた「アルバートン」は氷漬けにされて捕まった。だが、この時に誰も気づかなかった。アルバートンを越える力を持つ存在が他にもいた事を――
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