過去編 《狂人》

「ひぎぃいいいっ!?」

「なっ……何てことをっ!!」

「てめぇっ!!」

「おっと……動いたら今度はこの小娘の首を切り落としますよ」



何の躊躇もなくアルバートンは自分が抱えていた少女の片耳を切り裂き、それを見たジャンヌとテンは激高する。しかし、アルバートンは二人が武器を抜く前に少女の首元に刃を押し付けた。


片耳を切り落とされた少女は涙を流しながら助けを求めるように手を伸ばすが、アルバートンは決して少女を手放さない。そんな彼に対してテンを筆頭に他の団員も憤怒の表情を浮かべるが、ジャンヌだけは表面上は冷静さを保ちながら語り掛ける。



「……その娘を離しなさい」

「御冗談を……この小娘を私が手放した瞬間、私の首が斬り落とすおつもりでしょう」

「いいから手を離せと言ってんだよ!!もしもその娘をこれ以上に傷つけたら……」

「おやおや、まだご自分の立場を理解していないようだ」

「ひうっ!?」



アルバートンを抱きしめていた腕を動かして彼女の口元に指を押し込むと、舌を摘まんで無理やり引っ張り出す。少女はもがくがアルバートンは彼女の残された耳に囁く。



「私に逆らえばどうなるか……分かっているな」

「あがぁっ……!?」

「止めなさい!!」



耳だけではなく、今度は少女の舌にアルバートンは短剣の刃を構える。その行為を見てジャンヌは腰に差している二つの魔剣に手を伸ばすが、アルバートンは少女の舌を摘まんで見せつける。



「やっ、やめふぇっ……!?」

「ほら、子供が助けを求めているのに聖女騎士団ともあろう方々が見捨てるおつもりですか?それともこの少女の命を犠牲にして私を捕まえますか?それならば私も諦めなければなりませんが……」

「くそ野郎がっ!!」

「…………」



少女を人質にしてアルバートンはジャンヌ達を動けないようにするが、この時にジャンヌは氷華に視線を向けてこの状況を打破する方法を思いつく。


これ以上に少女が傷つけられる前にジャンヌは武器から手を離すと、彼女が武器を抜くのを止めたと判断したアルバートンは少女の舌を離す。しかし、決して少女を自分から手放すつもりはなく、彼は少女の身体を抱きかかえながらジャンヌ達に要求を行う。



「さあ、そこを退いて貰いましょうか。外に出してくれるのであれば彼女を解放しましょう」

「ふざけるな!!お前はもう逃げられない、もうすぐあたし達の仲間がここへ来る!!もう逃げ場ないぞ!!」

「大人しく投降するのであれば……命までは奪わないと約束しましょう」



自分を逃がす様に要求してきたアルバートンに対してテンは怒鳴りつけるが、ジャンヌは彼を刺激しないように語り掛ける。しかし、そんな二人に対してアルバートンは余裕の態度を保ちながら指を鳴らす。



「どうやらまだ立場を理解されていないようだ……私がその気になれば貴女方をここで全員殺す事もできます」

「何を言って……!?」

「な、何だ!?」

「この音は……!!」



アルバートンが指を鳴らした瞬間、孤児院の建物に振動が走った。何事が起きたのかとジャンヌ達は警戒すると、建物の壁や床に亀裂が走って内側から大量の毒鼠の大群が出現した。


先ほどジャンヌが倒した毒鼠は群れの一部でしかなかったらしく、数百匹の毒鼠が出現してジャンヌ達を取り囲む。1匹1匹がジャンヌ達に対して敵意を剥き出しにして今にも飛び掛かりかねない雰囲気を纏っていた。




――キィイイイイイイッ!!




屋敷の中に毒鼠の奇怪な鳴き声が響き渡り、百戦錬磨の聖女騎士団の女騎士達でさえも数百匹の鼠の群れを前にして顔色を青ざめる。ジャンヌですらも表情を引きつらせ、そんな彼女達を見てアルバートンは高らかに笑い声をあげる。



「はっはっはっはっ!!我が僕を見た気分はどうですか?これほど醜くておぞましい生物はいないでしょう?」

「うぷっ……」

「うおぇえ……!!」



毒鼠は外見が普通の鼠よりもおぞましく、さらに普段は下水道で生息しているので悪臭を放つ。あまりの醜さと臭いに女騎士の何人かは嘔吐してしまい、それを見たアルバートンは目を見開きながら叫び声をあげた。



「さあ、そこを退けぇっ!!我が僕の餌となりたくなければ道を開けろ!!逆らえばお前達の命はないぞ!!」

『っ……!!』



まるで二重人格かのように態度が変わったアルバートンに聖女騎士団は精神面で追い詰められるが、この時にただ一人だけ大量のを前にしても態度を変えない人物がアルバートンの前に立ち塞がる。



「はっ……醜い?汚い?それがどうしたってんだい?」

「何だと……!?」

「こんな奴等にあたしがびびると思ってんのかい?舐めるんじゃないよ、この狂人がっ!!」



大量の毒鼠に囲まれながらも態度を変えず、むしろ堂々と言い返したのはテンだった。彼女は鼠を使役する「魔物使い」が育て親であったため、小さい頃から鼠という存在は見慣れていた。

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