過去編 《悪魔の所業》
「しっかりしなさい!!すぐに手当てを……」
「う、ああっ……」
「くそっ、誰か回復薬は!?」
ジャンヌが声をかけても噛みつかれた団員は呻き声を漏らし、辛うじて生きている事を確認するとジャンヌはテンに任せる。
「回復薬で治す前に傷口を消毒しなさい!!鼠型の魔獣だとしたら毒を含んでいる可能性もあるわ!!」
「は、はい!!おい、誰か消毒薬を!!」
テンは指示通りに怪我人の治療を行うと、その間にジャンヌは鼠の死骸を確認して倒れている子供達に視線を向ける。先ほど殺されかけた団員も子供達と全く同じ傷口を追っている事を確認すると、先ほどの鼠の大群が子供達を殺したのは間違いない。
しかし、鼠の大群が人間の死体の中に身を潜むなど普通は有り得ず、ジャンヌは地面に倒れている鼠の死骸を確認する。よくよく観察しないと分からなかったが、鼠には何やら紋様のような物が刻まれていた。
(この鼠は……
ジャンヌが炎華で仕留めた鼠の大群は「毒鼠」と呼ばれる魔獣の群れである事が判明し、本来ならば人間に襲い掛かるような魔獣種ではない。下水道などによく住み着く魔獣であり、滅多に地上には姿を現さない。
毒鼠の牙には毒があるが即死する程の猛毒ではなく、噛まれた箇所がまるで蜂にさされたかのように膨れ上がる程度で命を奪う程ではない。しかし、数十匹の毒鼠に同時に噛まれた場合は別の話であり、全身を毒に侵された人間は数分の間は苦しみ悶えながらやがて死に至る。
(この紋様、まさか魔物使いの仕業!?まさか、手紙に書いてあった殺人鬼の……!!)
魔獣の死骸を前にしてジャンヌは憤怒の表情を浮かべ、手紙に記されていた殺人鬼の正体が「魔物使い」であると確信する。それと同時に倒れている子供達に視線を向け、殺人鬼がどれほどおぞましい方法で子供達を殺したのかが判明した。
――この床に倒れている子供達を襲ったのは毒鼠の大群で間違いなく、1匹1匹は力が弱くて大した脅威ではない毒鼠だとしても、大群で襲い掛かれば子供の命を奪う事など容易く、しかもその殺し方があまりにも残酷過ぎた。
子供達の大量の鼠に襲われて全身を噛み付かれ、更に噛みつかれた後は毒のせいでしばらくの間は苦しみ悶える。自分が死ぬ瞬間まで子供達は毒で苦しみ、死を迎えるまで意識を失う事すらも許されない。
あまりにも残酷な子供の殺し方にジャンヌは怒りを抑えきれず、彼女は殺人鬼を何としても見つけ出すために指示を出そうとした。しかし、彼女が声を上げる前に何処からか男性の声が響き渡る。
「おやおや……私の歓迎の挨拶はお気に召しませんでしたか?」
「なっ……誰だ!?」
声がした方向に全員が振り返ると、いつの間にか一人の少女を抱きかかえた中年男性が立っていた。その男性を見た瞬間、ジャンヌは直感で目の前の男が殺人鬼である事を見抜く。
「アルバートン!!」
「ほほう、やはり私の正体は知られていましたか。それにしても全く王妃ともあろう御方が、まさか子供が書いた手紙を本気にしてこんな所まで訪れになるとは……感心しませんな?」
「て、てめえっ……!!」
孤児院の経営者にして王国最悪の殺人鬼である「アルバートン」は飄々とした態度で聖女騎士団の前に現れた。テンは彼の言葉を聞いて怒りのままに背中の大剣に手を伸ばすが、アルバートンは抱えていた少女の首元に短剣の刃を押し付ける。
「おっと、動けばこの娘の命はありませんよ」
「なっ!?」
「まさか、その娘は……」
「お察しの通り、貴女方に手紙を書いた裏切り者でございます」
「う、あっ……!!」
アルバートンに抱きかかえられた少女は恐怖の表情を浮かべ、首元に刃が食い込んで僅かに血が流れる。その様子を見てジャンヌはテンを制止すると、テンは仕方なく大剣から手を離す。
少女の首元に刃物を向けたままアルバートンは歩み寄り、彼に捕まっている少女がジャンヌに助けの手紙を送りつけた主らしく、そんな彼女を人質にしながらアルバートンは語り掛ける。
「まさかこんな小娘に私の正体が知られるとは……しかもあの噂の聖女騎士団の方々がここへ来られるとは思いもしませんでしたな。これだから子供は油断できない」
「何を余裕の態度を取ってるんだい!!これ以上にその子を傷つければあんたの首をへし折ってやるからね!!」
「ほほう、それは興味深い……では試してみましょうか」
「えっ……!?」
「なっ……や、止めなさいっ!!」
テンの脅し文句にアルバートンは顔色も変えずに抱きかかえている少女の耳元に刃物を近づけ、何の躊躇もなく彼は少女の右耳を削ぎ落した。
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