過去編 《孤児院の惨劇》

――孤児院に到着したジャンヌ達は最初に抱いた違和感、それは孤児院の敷地内に人の姿が見当たらず、異様な静けさにジャンヌ達は疑問を抱く。



「……確か、この孤児院には数十人の子供が暮らしていると聞いたはずだけど、今はお勉強の時間かしら?」

「こんなに天気が良くて昼間なのにガキ一人見当たらないね……昼飯の時間ですかね」

「……お待ちください」



敷地内に入り込んだジャンヌ達は人の姿が見えない事に違和感を抱きながらも、建物の出入口の扉へ向かう。そして扉をノックしようとした時、獣人族の団員が表情を一変させて扉の前に移動する。



「どうしたんだい?」

「こ、これは……!?」

「……皆、下がりなさい!!」



獣人族の団員が鍵穴の前で鼻を引くつかせると、その団員は目を見開いて顔色を青ざめさせる。即座にジャンヌは扉の内側に何が起きているのかを確かめるため、団員が何かを口にする前に彼女は扉を蹴り飛ばす。


聖女騎士団の団長を務めるジャンヌは他の団員と比べてもレベルが高く、身体能力も秀でていた。彼女の蹴りで扉は破壊されて内側へと倒れ込むと、ジャンヌ達は建物の中を目にして驚愕の表情を浮かべた。



「こ、これは……!?」

「そんなっ……!!」

「うっ……おええっ!!」




――破壊した扉の内側には壮絶な光景が広がっており、それを見たテンとジャンヌは顔色を青ざめ、団員の中には耐え切れずに嘔吐してしまう者もいた。




建物の中には大勢の子供が地面に倒れ込み、床一面が子供達の血で真っ赤に染まっていた。倒れている子供達は全身が小さい獣に噛みつかれた跡が存在し、その噛み傷から血が外に流れていた。


あまりの光景にテンもジャンヌも言葉を口にする事ができず、二人とも口元を抑えて他の団員と同じように吐きそうになった。しかし、すぐに踏み止まった二人は顔を合わせて苦悶の表情を浮かべながらも建物の中に足を踏み入れる。



「うっ……なんて臭いだい」

「酷い……なんて酷い事をっ!!」



ジャンヌ達はまだ血溜まりの中を歩きながら倒れている子供達の様子を調べるが、残念ながら既に全員が事切れていた。しかし、床に広まった血が完全に固まっていない事から殺されて間もない事は間違いなく、子供達を殺した存在を探す。



「この噛み傷……獣か?魔獣にやられたのか?」

「馬鹿な、まさか魔獣が街の中に侵入してきたというのか!?」

「いいえ、そんな話は聞いてないわ……それにこの噛み傷の大きさとこの傷の数、1匹や2匹の魔獣の仕業じゃないわね」

「何て事だ……くそっ!!」



子供達の遺体を確認しながらジャンヌ達は彼等を死に追いやった存在を探すと、団員の一人がまだ動いている子供を発見した。



「王妃様!!こ、こっちにまだ動いている子供が!!」

「えっ!?」

「まさか、生き残りがいたのかい!?」



団員の言葉にテンとジャンヌは振り返ると、床に倒れている子供達の中で唯一に血溜まりではない場所に倒れている少年が存在した。他の子供と比べても背丈が大きく、身体が震えていた。


生き残りがいたのかとジャンヌ達は少年の元に集まろうとしたが、この時にジャンヌとテンだけは少年を見た途端に言いようのない不安を感じ取る。二人の武人としての勘が危険を知らせ、僅かに動いている少年に近寄る事を本能が拒否する。



「おい、無事か!!」

「もう大丈夫よ、すぐに怪我を治して……」

「止めろっ!!そいつに近付くんじゃない!!」

「離れなさい!!」



少年の近くに立っていた二人の団員が近付こうとした瞬間、テンとジャンヌは咄嗟に声をかけて少年に近付く事を止めようとした。しかし、二人の制止の言葉は間に合わずに一番近くに居た団員は少年に触れてしまう。





――キィイイイイッ!!





次の瞬間、少年の身体が膨れ上がると内側から大量の鼠が湧きだす。その鼠達は1匹1匹が赤色の毛皮で覆われ、瞳を赤色に輝かせながら団員に襲い掛かる。無数の鼠が団員へと襲い掛かり、全身を噛み付いてきた事で団員は悲鳴を上げた。



「ぎゃあああっ!?」

「イ、イッシュ!?」

「そんなっ……」

「何をしているの、早く助けなさい!!」



大量の鼠に嚙り付かれる団員の姿を見てテンも他の団員も呆気に取られるが、ジャンヌだけは即座に大量の鼠に飛び掛かられた団員の元へ向かう。彼女は腰に差している「炎華」を引き抜き、団員に目掛けて刃を振り下ろす。



「はああっ!!」

『ギィアアアアッ!?』



炎華が振り下ろされた瞬間に団員の全身を覆い込んでいた大量の鼠が炎に包まれ、それを見たテン達は驚愕の表情を浮かべる。はた目からみればジャンヌが団員を火達磨にしたようにしか見えず、まさか団員ごと巻き込んで鼠を焼き殺したのかと驚く。



「お、王妃様!?」

「何て事を……」

「落ち着きなさい……斬ったのは鼠だけよ」

「う、あっ……」



テンでさえもジャンヌがまさか団員を炎華で焼き尽くしたのかと心配したが、ジャンヌが切りつけたのはあくまでも団員の身体に張り付いていた鼠の集団だけだと判明した。


炎華が生み出した火炎によって団員に嚙り付いていた鼠の集団は火達磨と化して床に倒れ込み、肝心の団員の方は火傷一つ負わずに代わりに全身が鼠に噛みつかれた跡が残っていた。意識を失ったのか団員は床に倒れ込みそうになるが、慌ててジャンヌは彼女を抱きしめる。

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